狂った歯車を整えた中村憲剛の安定感=4年前の再現が期待されるヨルダン戦

元川悦子

上にいくために必要な頭の切り替え

ザックジャパンの得点源の一つである香川。トップ下でプレーした方がゴールはより近くなるのか 【Getty Images】

 やはり憲剛がいると前でボールが収まる……。彼はカナダ戦の45分間でそういう印象を強く残すことに成功した。

 それだけのメリットをもたらせるとザック監督も分かっているはず。それでもあえて香川のトップ下をテストしたのはなぜか……。それはゴール前での得点力の違いだろう。

 香川はザックジャパン体制で9点を取っている重要なアタッカー。13点でトップスコアラーに君臨する岡崎、8点を挙げている前田、6点を取っている本田と並んで、不可欠な得点源の1人である。ボルシア・ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドでの一挙手一投足を見ても分かる通り、彼のペナルティエリア内に侵入した時の冷静さとシュートスキルは群を抜いている。本田がいない今回、香川を一番プレーしやすいトップ下に置いた方が、よりゴールに近づけるのではないかと指揮官は考えたのだろう。

 憲剛も自分に最も足りないのが得点だということをよく自覚している。

「今の代表の2列目の選手たちを見ると、得点への意欲がすごい強くなってる。以前はゴールよりその前のプレーが好きなやつらばっかりだったのに、海外へ行ってから物すごく変わったなと感じますね。『結果が全て』って発言もよく聞くしね。クラブでボランチをやってる自分が彼らと勝負するためには、頭を切り替えるしかない。代表でプレーする時、僕がバイタルエリアに飛び出していく場面も少ない。そういう自分を変えないとなかなか生き残れない。そこを改善できればもう1つ上にいけると思うんですよね」と彼は強調する。

 ゴールに近いエリアへ侵入しようという意識はカナダ戦でも垣間見られた。香川→中村憲剛→酒井高徳とつながり、憲剛が一気に前線まで走り込んだ後半32分のシーンはその象徴だろう。惜しくもラストパスをコントロールしきれなかったが、タテへタテへと飛び出す形が多くなれば、相手にとって脅威を与えられる。憲剛は今、自分を変えようと懸命にトライしているのだ。

周りを生かして自分も生きる

 しかしながら、周りの良さを引き出せる長所を捨てるつもりは全くない。周りを生かして自分も生きるというのが憲剛の真骨頂。ゴールに関しても「絶対に自分が決めてやる」といったエゴイスト的なスタンスは一切持っていない。

「何が何でも自分がってわけじゃない。周りの良さも生かしたいし、みんなが信じて動き出してくれるから、そこに合わせるのも大事だから。自分が思い描いている得点イメージは、周りがトライしてこぼれてきたやつを決めるとか、ミドルシュートも狙う時もあるし。やっぱり大事なのは、自分の頭の中だと思うんですよね。チャンスだと判断した時にペナルティエリアの中へ入って行けるかがすごく大事。僕の場合、基本的に後ろで組み立てて前の人に決めてもらう仕事が多いから、それに慣れちゃってるところがある。今こそしっかり切り替えてやらないといけないと思ってます」

 そうやって頭を整理できれば、ヨルダンとの大一番はスタメンで出ても、途中から出ても、キッチリ仕事ができるだろう。本人も「自分としては僕でも真司でもどっちでもいいようにしっかり準備したい。カナダ戦みたいに途中からでも前半の流れを見てやれることもあるだろうし。どっちにしても日本が勝てばいいから」と静かに言う。10年南アフリカW杯でも前面に押し出したフォア・ザ・チーム精神を彼は決して忘れることはない。

 ただ、欲を言えば、自らのスルーパスで岡崎の決勝点をお膳立てし、南アへの切符をつかんだ4年前のウズベキスタン戦のように、目に見える結果を残してもらいたい。それが憲剛がザックジャパンでの熾烈(しれつ)な生存競争に勝ち抜く大きな力になるからだ。3年前の南ア本大会では決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦で、後半36分からの途中出場のみで終わった不完全燃焼感は本人の中で今も鮮明だ。「次こそはもっと長い時間ピッチに立てるようにうまくなりたい」という意欲は32歳になった現在も非常に強い。その夢を現実にするためにも、ヨルダン戦からの1年間が本当の勝負になる。

 最終予選の天王山というのは見えない重圧がかかるもの。退場者が出てレフェリングが荒れに荒れた09年のウズベキスタン戦のような展開にならないとも限らない。その試合を実際に戦った憲剛がピッチに加わる安心感はやはり大きい。彼にはトップ下で確実にゲームをコントロールし、本田や香川との併用が可能であることを改めて示してほしいものだ。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント