バルサとミランの勝敗を分けた“1分間”=歴史的大逆転を生んだインテンシティー

工藤拓

勝ち抜けの条件は3点差以上の勝利

バルセロナはメッシの2ゴールなどでミランに圧勝。第1戦のビハインドを跳ね返し、逆転で準々決勝進出を決めた 【Getty Images】

 キックオフの数分前、ミランの先発メンバーがアナウンスされるとともに、スタンドに耳をつんざくブーイングが響き渡る。

 バルセロナの先発メンバー発表が続く。通常なら「セルヒオ」「シャビ」と呼ぶところを、アナウンス歴55年のマネル・ビックが「セルヒオ・ブスケッツ!」「シャビ・エルナンデス!」とフルネームで読み上げた。きっと彼も、今日が特別な一戦であることを自分なりの方法で表現したかったのだろう。

 ほどなくバルサのイムノが大音量で流れ、バックスタンドに「SOM UN EQUIP」(俺たちは1つのチーム)の文字が浮かび上がる。選手入場、チャンピオンズリーグのアンセム、そしてキックオフ。ほどなくカンプノウは「ローローローロロロー、フーットボルクルーブ、バールセローナー!」の大合唱に包まれた。

 スペクタクルの観戦者として試合を静観するのが常の彼らが、ここまで応援に力を注ぐことはめったにない。いつになく気合いの入った9万人超の観衆の大歓声を背に、バルサの歴史的逆転劇が幕を開けた。

 勝ち抜けの条件は3点差以上の勝利。しかも相手はアウエーの第1レグでほぼノーチャンスに抑え込まれた守備のエキスパート、ミランである。第1レグの直後に迎えたレアル・マドリーとの2連戦でも同様に攻撃が手詰まりとなったことで、この日のバルサは今季これまでほとんど手つかずだったシステムとメンバー構成に大幅に手を加えてきた。

パニック状態に陥ったミラン

 キックオフの直後、右サイドバックのダニエウ・アウベスが右ウイングの位置に上がると同時に、ダビド・ビジャがセンターFW、リオネル・メッシがトップ下へ。長らく封印してきた超攻撃的布陣の3−4−3をスタートから採用したのは、第1レグで封じられたメッシのプレースペースを確保するのが目的だった。

 タッチライン際に張り出す両ウイングと中央のビジャが繰り返しDFラインの裏を狙うことで相手のラインを押し込み、その手前に生じるスペースでメッシがボールを受ける。その狙いは5分、ペナルティーエリア手前のわずかなスペースでボールを受け、狙いすましたシュートをゴール左上に流し込んだメッシの先制点という形で早々に実を結んだ。

 バルサにとっては待望の、ミランにとっては何としても避けたかった開始早々の先制点は、両チームに決定的な精神的影響を与えた。この1点でバルサの選手たちは「いける」という確信を得るとともに、ただでさえ気合い十分のスタンドにさらなるガソリンを注ぐことになる。一方、ミランの選手たちはこの失点で「今日のバルサは強い」という意識を植えつけられ、しばしパニック状態に陥ってしまう。

 それでも逆転にはあと2ゴールが必要なバルサに対し、ミランはどこかで1ゴール奪えれば一気に勝ち抜けが可能な立場にあった。しかもバルサはD・アウベスを右ウイングに上げる3−4−3の攻撃的布陣でスタートし、ミラン最大の脅威であるステファン・エル・シャーラウィに広大なスペースを与えており、一瞬のすきも与えてはならない状況に変わりはなかった。

 しかし、ピッチ上で失点への恐怖心を感じさせたのはミランの選手たちの方だった。第1レグでは相手を完全に凌駕(りょうが)していた球際の争いでバルサの小柄な選手たちにことごとく当たり負けしたのも、相手の素早いプレスに戸惑いパスミスを連発したのも、おそらく早々の失点がもたらした恐怖心によるところが大きかったのだろう。

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著者プロフィール

東京生まれの神奈川育ち。桐光学園高‐早稲田大学文学部卒。幼稚園のクラブでボールを蹴りはじめ、大学時代よりフットボールライターを志す。2006年よりバルセロナ在住。現在はサッカーを中心に欧州のスポーツ取材に奔走しつつ、執筆、翻訳活動を続けている。生涯現役を目標にプレーも継続。自身が立ち上げたバルセロナのフットサルチームは活動10周年を迎えた。

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