IDでもっと便利に新規取得

ログイン

「今だからこそ組めるマッチメイク」
金原弘光・3.9U−SPIRITS直前インタビュー後篇

連敗への不安…自分の力を出せなかったフリー時代

「UWFの歴史を、総合の歴史を作った人たちでマッチメイクした」と金原が語る3.9「U−SPIRITS again」。“U”に青春を捧げた人たちに「おっさんでも頑張ってる姿を見てほしい」とファンにメッセージを送った
「UWFの歴史を、総合の歴史を作った人たちでマッチメイクした」と金原が語る3.9「U−SPIRITS again」。“U”に青春を捧げた人たちに「おっさんでも頑張ってる姿を見てほしい」とファンにメッセージを送った【スポーツナビ】

――しかしリングスも残念ながら2002年で休止となってしまいます。


 練習環境を失ったのが一番痛かったです。今思うのはそこで自分の道場を持てば良かったなと。それでバーリ・トゥードへの対応が少し遅れたところがあったと思います。今もいろんなところへ出稽古に行ってますけど、やっぱり自分の土台となるところがあるのと無いのとでは違うんです。

 それでフリーになった途端に膝の前十字靭帯を断裂して。何か歯車が狂っていたのかもしれません。


――リングス休止後の10年間は団体に所属して道場で練習するスタイルから、ガラッと練習環境が変わってやってきた10年だったのですね。


 自分の道場を持つと自分の練習に集中できないし、その辺で迷いました。経営の方が気になったりするかと思ってそれで持たなかったんですけど、でも今思うと道場を持ってそれを維持できればよかったかなと思います。


――そこからのPRIDE、HERO'Sでは苦しい戦いの連続となります。


 強い奴とやって連敗し出して、連勝していた頃は“次も勝てる”と思ってやっていたのが、連敗すると“次も負けるんじゃないか”って思って、どんどん自分の力が出せなくなってきて。本来の自分じゃなくなってきたんです。

 連敗の中で納得できない判定とかもあったんですけど、その頃から階級ができたりとか総合もいろいろ変わってきました。5分2R、3Rとかになったり。練習環境が良くなくてあまり練習もできていませんでしたし、膝の靭帯を断裂して感覚が戻るまでにも時間が掛かりました。


――試合をしていく上で、フリーならではの苦労もあったとか。


 次の試合がいつになるか分からないっていう、そういう不安な中で練習してるとよくないしキツいんですよね。試合があってもオファーが1カ月前からきちんとあるならいいんですけど、1週間前急に来たりとか、そういうのが結構ありましたから。「今回は試合ないですよ」って言われて、そのつもりで練習していたら、2週間前に「試合出てください」って言われて、今は出れないですって言ったら、「これに出なかったら次の契約はないです」とか言われて、じゃあ出ますとかってなって。フリーになってからはそういうのがキツかったですね。


――パンクラスにも参戦していきましたが、結果は振るいませんでした。


 その時は連敗地獄ですね。負けているとどんどん心が沈んできて……。試合っていうのは格上の人とやる時っていうのはいいんです。“負けてもいいじゃないか”って思ってやれるし、上の人、挑戦を受ける側の方が精神的にもキツいんです。

 自分の場合は年長でやっていて、だんだん後輩の挑戦を受けていくじゃないですか。そういう時に僕は精神的に弱かったんですよね。「これ負けたらどうしよう」とかそういうことばかり考えてしまって。


――この時期に一度引退宣言がありましたが、これを撤回して再び戦い始めたのはどうしてだったのですか。


 垣原(賢人)さんが怪我で引退するってなって、そういうやりたくてもやれない人がいるのに辞めるのは、ただ逃げてるだけじゃないかって考えるようになったんです。それで“もう1回だけ踏ん張ってみよう”と思って、DEEPに上がり始めたんです。

 そこからDEEPで一通り対戦して相手もいないし、次はいつか分からないっていう中で練習していくのはキツいんです。試合がないんだったら他の仕事をしてお金を稼いだ方がいいんですけど、試合があるかもしれないから仕事もできない。そうするとコンディションを作るのに1カ月半掛かるプロ格闘家としてやっていくのはキツいんですよね。

 それで僕は長くやってるしちゃんと区切りをつけたかったんです。プロレスラーでもあるから今後はプロレスラーとしてやっていければと思うんですけど、今回は前田さんがやっていたリングスラストマッチとか、ああいう感覚に近いと思います。

総合を作ってきたメンバーが集結

“喧嘩番長”ナイマンと対戦する鈴木。パンクラスとリングスが絶縁していた時代にはできなかったマッチメイクだ
“喧嘩番長”ナイマンと対戦する鈴木。パンクラスとリングスが絶縁していた時代にはできなかったマッチメイクだ【スポーツナビ】

――総合格闘技の幕引きにあたり、誰かやっておきたかった相手はいますか?


 UFCを見ているとGSPとかアンデウソン、階級は上ですけどジョン・ジョーンズとか、“こんなのとやったらどんな風になるんだろう?”って思います。この3人は次元が違くて飛び抜けていますけど、そこはファイターとしての血が騒ぐというか。

 でも昔はそういう感じだったんです。だからミルコとかのオファーが来ても別に断らなかったし。階級も全然違うんですけどワクワクするっていうか、怖いもの見たさというか(笑)。すごく強かった時じゃないですか、ミルコにすごい勢いがあって。すぐ負けてもいいからやってみたいっていうのはありますよね、GSPだったり。“いや、判定までは持ちこたえるぞ”とかそういうのかもしれないし。


――開催迫る総合格闘技ラストマッチ、「U−SPIRITS again」の見どころをお願いします。


 どれも今だからこそ組めるマッチメークなんです。鈴木(みのる)さんvs.ナイマンはパンクラスとリングスのレジェンド対決で、当時じゃ考えられないですよね。

 伊藤(崇文)vs.菊野(克紀)戦は、菊野くんはTK(高阪剛)の弟子で前田さんの孫弟子にあたるし、伊藤くんっていうのはUWFに憧れてUWFで育った人なので、これは“U伝承マッチ”。こんな感じで全ての試合にキャッチコピーが付いているんです。

 高橋(義生)さんとヤマケン(山本喧一)の“狂犬対決”、高山(善廣)vs.佐藤(光留)の“レジェンド対ニュージェネレーション”、(KEI)山宮vs.松井(大二郎)の“門番対決”、長井(満也)vs.冨宅飛駈の“新生UWF同期対決”。

 この人たちがUWFの歴史を作った人たちです。僕も今後オファーがなかったらこれで最後になるかもしれないですし、そういう気持ちでやります。今回のメンバーはみんな総合を作ってきた人たちです。


――最後にファンの方々にメッセージをお願いします。


 当時見てくれた人たちにもう一度見てもらって、“俺たちの見ていたものは間違いじゃなかった”という思いが伝わるといいなと思います。自分たちの青春時代をUWFに捧げた人たちっていっぱいいると思うので、そういう人たちに来てほしいです。みんなおっさんになったけどまだこれだけやってるんだっていうのを見てもらって、それをエネルギーに変えてくれたら。みんなほんとによくやってますよ(笑)。


<了>

長谷川亮

1977年、東京都出身。「ゴング格闘技」編集部を経て2005年よりフリーのライターに。格闘技を中心に取材を行い、同年よりスポーツナビにも執筆を開始。そのほか映画関連やコラムの執筆、ドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(2017)『沖縄工芸パラダイス』(2019)の監督も。

スポナビDo

新着記事一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント