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「UWFが総合格闘技の歴史を作ったことを分かってほしい」
金原弘光・3.9U−SPIRITS直前インタビュー前篇

総合引退の理由は環境を作れなくなったこと

総合ラストマッチを3月9日に控えた金原に現役22年の思い出などを語ってもらった
総合ラストマッチを3月9日に控えた金原に現役22年の思い出などを語ってもらった【スポーツナビ】

 Uインター、キングダム、リングスなどで活躍し、フリーになってからもPRIDEやパンクラスのマットに上がってきた金原弘光。かつてはUインターvs.新日本プロレスの対抗戦で新日勢にバチバチのしばきあいを挑み、キングダムではPRIDEで一躍スターの座となる桜庭和志らと研鑽を積んだ。リングスではアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、ダン・ヘンダーソン、ヒカルド・アローナら世界の強豪と互角に渡り合い、PRIDEではヴァンダレイ・シウバやミルコ・クロコップと激闘を繰り広げた。そして、今季22年目となるベテランが3月9日に行われる「U−SPIRITS again」で総合格闘技を引退することを決めた。現在の金原の胸中はいかに!? スポーツナビで独占インタビューを試みた。


――今回の試合で総合格闘技ラストマッチになるとのことですが、その理由を改めて教えてください。


 プロ格闘家としてやっていくための環境を作れなくなったんです。試合へ向けては集中して練習して、体のケアをしながら7〜8キロ減量をしなければならない。僕も42歳になってコンディションを作るのに1カ月半ぐらい掛かるんですけど、そうするとその間は他の仕事ができない。1カ月半集中する環境を整えることができなくなって、僕は22年間そういう環境でプロとしてずっとやってきたので、これでは難しいと思って判断しました。


――金原さんがプロとして自負するコンディション、練習環境を作ることができなくなったと。


 日頃から体とコンディションを作らないといけなくて、そうすると仕事もできないし生活できなくなってしまうんです。プロとしては厳しいですよね。


――団体に所属して試合に出ていたデビューから10年前までに比べ、22年の間に格闘技界も大きな浮き沈みや変化がありました。


 昔は無差別で大きな人とも戦って、自分の体も大きくしなきゃいけない。それが今は階級もできて、今度は減量しないといけない。しかも試合時間も5分2Rで短くなって、昔は陸上でいうと長中距離みたいだったのが今は短距離。中長距離の選手だったのに、年齢がいってから短距離走に出なさいって言われているような状況です(苦笑)。


――ひと口に「総合格闘技」といっても、昔と今では競技の内容がだいぶ違っているのですね。


 それにも対応してやっていけると思っていたし、やってきていたんですけど、もう一通り試合をして戦う選手もいないんですよね。相手もいないから次の試合がいつになるか分からない不安も出てくるし。相手がいないと試合がない→試合がないと収入がない→そうすると生活ができないっていう歯車になってしまって。

 今でも2カ月に1度試合ができるコンディションは持っていますけど、次の試合が分からないっていうのは次の収入がいつになるか分からないっていうことで、そういった状況でやっていくのはもうキツいんじゃないかって。


――そうした中で総合格闘技ラストマッチをUWFルールで戦おうと思ったのはどうしてですか?


 やっぱり僕はUWFがあったから、こういう何でもありや総合格闘技ができたと思ってるんです。シューティング(修斗)はありましたけど、UWFの選手がUWFを進化させていって、選手が何でもありに挑戦して、それで繁栄させたっていうのはUWFの功績だと思うんです。でも今はそれを知らない人が多いと思うし、総合の歴史を作ったのがUWFだっていうのを分かってほしい。そう思ってこの大会をやりたいと思ったんです。


――対戦相手はパンクラスの近藤有己選手ですが、この理由は?


 パンクラスができた時って、Uインターの選手にとっては衝撃的な出来事だったんです。僕は当時Uインターで“格”を打ち破りたいと思っていたのが、近藤選手はもう1、2年で全ての“格”を打ち破ってチャンピオンになったじゃないですか。これはスゴいのが現れたと思って、その時に「こいつと試合をしたい」って思ったんです。それで僕のもう1つの原点であるリングスで、12連勝してた時っていうのが今回のルールだし、近藤くんもパンクラスで超新星として輝いていた頃に戻ってやれればなと思ったんです。

バリバリの新日ファン UWFは好きじゃなかった!?

当初、U系のプロレスは地味で嫌いだったと語る金原。新日本プロレス学校で山本小鉄から極めっこを教わっているうちに憧れが出てきた
当初、U系のプロレスは地味で嫌いだったと語る金原。新日本プロレス学校で山本小鉄から極めっこを教わっているうちに憧れが出てきた【スポーツナビ】

――ここからは金原選手の歩みを振り返っていきたいのですが、やっぱり原点はプロレスファンだったのでしょうか。


 もうバリバリの新日ファンで、UWFとの抗争の時は藤波(辰爾)vs.前田(日明)戦を見て藤波さんを応援してました(笑)。元々はダイナマイト・キッドとかタイガーマスクが好きで。UWFは好きじゃなかったんですよね、技が派手じゃないし面白くなくて(苦笑)。


――それが後にU系のレスラーになるのですから面白いものですね。


 高校を卒業して大学に行くかプロレスへ進むか迷ったことがあったんですけど、ちょうどその時名古屋の露橋スポーツセンターで高田(延彦)さんが前田さんに初めて勝った試合を見たんです。それで「やっぱりこの世界に行きたい」って決めたんですけど、結局僕は高田さんのところへ入ったので、今思うと導かれることがあったのかもしれないです。

 でも、当時は新日ファンだったからまず新日の事務所に連絡をして。そしたら「今は新日本プロレス学校っていうものがあるから、そこに通ってください」って言われたんです。「学校」っていう名前でしたけど実際は普通のトレーニングジムで。


――天山広吉選手や西村修選手と同期だったというプロレス学校ですね。


 そこに2年ぐらい通って、月に3、4回、(山本)小鉄さんが来てくれる教室があったんです。受け身をやってロックアップとかをやって、最後は極めっこをやって。それで小鉄さんに極めっこを教わっているうちに“UWFってスゲぇな”と思って、UWFに対する憧れが出てきたんです。“レスラーの強さはこれなんだ”と思って。小鉄さんも「(前田)アキラはね」とか「高田はね」っていう話をしてくれて、UWFにも興味が出てきました。

 それから入団テストを受けたんですけど落ちて新日本には入れなくて、ショックだったんですけど、その時にUWFが3派に分かれて、チャンスじゃないかと思って高田さんのところに行ったんです。

長谷川亮

1977年、東京都出身。「ゴング格闘技」編集部を経て2005年よりフリーのライターに。格闘技を中心に取材を行い、同年よりスポーツナビにも執筆を開始。そのほか映画関連やコラムの執筆、ドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(2017)『沖縄工芸パラダイス』(2019)の監督も。

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