村上が密かに成し遂げた快挙=“SP後半3−3”成功の裏に弛まぬ努力

野口美恵

村上だけが後半の「3回転−3回転」に挑戦

 ひそやかな“世界女子初”の大技成功だった。四大陸選手権(2月8日〜10日、大阪市体育館)のショートプログラム(SP)で村上佳菜子(中京大中京高)は、得点が1.1倍となる後半に「3回転−3回転」を入れ、パーフェクトに滑り切った。「3−3」を後半に成功させた女子は、実は国際スケート連盟(ISU)公認大会で世界初だった。

 SPでのボーナスルールは、今季から採用された。もともとフリースケーティング(FS)では体力的に疲れる後半はジャンプ点が1.1倍になるが、SPにはボーナスがなかった。そのため大半の選手が冒頭にジャンプを3つ跳び、後半にスピンとステップという偏った構成。ジャンプの配置に個人差が出ることを期待して、SPにも1.1倍ルールが導入された。

 では選手はどう動いたか。SPの結果はFSの滑走順に影響するため、“SPはミスが許されない”というのが定石。男子選手の一部は、高得点を狙って難しいジャンプを後半にした。しかし女子にとって「3回転−3回転」は、冒頭で入れるのも難しい。後半に持ってきた選手は村上ただ一人だった。

 村上にとって得意の「3回転トウループ−3回転トウループ」を後半に入れれば、8.2点が9.02点になる。そこで、他の選手が挑戦しないオリジナリティーのあるジャンプ構成に挑むことを決意。プログラム冒頭はステップをし、前半のジャンプはダブルアクセルのみ、後半に3回転−3回転と3回転フリップを入れる。スタミナも精神的負担も、予想がつかなかった。

課題はスタミナ不足克服

 GP初戦のスケートカナダでは、「3回転−3回転」の後半が回転不足になり、最後の3回転フリップもミスして4位発進。続くロシア杯でも、「3−3」の2つ目が回転不足になり、フリップは転倒して6位発進となった。

「3−3の後、フリップに行くまでに足がプルプルするんです。『ああどうしよう。脚に来てる』って不安になると失敗しちゃう。とにかく何回も曲をかけて練習して、そのキツさに気持ちが慣れる必要があります。気持ちが強くなれば、脚のつらさをカバーできるはず」

 夏には、ジャンプミスなく滑る確率はほぼゼロだったが、11月のロシア杯の頃には、練習では6割くらいの成功率まで上がっていた。ジャンプ構成を去年のレベルに戻して確実に滑るという弱気は、どこにもなかった。ただ前を向き、誰も挑戦したことのない計画を遂行するのみだった。

「3−3までは疲れずにできるようになりました。あとは最後のフリップだけ。去年よりレベルアップするならやっぱり後半に決めたい。今はできなくても、うまくいけば大きな点数がもらえるので諦めずにやりたいです」

 全日本選手権は好調で臨んだ。しかし大舞台の力みがあったのかも知れない。「3−3」の1つ目が2回転になってしまったのだ。タイミングがズレてしまったという。翌日のFSは気持ちを切り替え、力強い演技でジャンプも次々と決めた。銀メダルを獲得したが「フリーが良かっただけに、ショートのミスが悔しい」と唇をかんだ。

苦労を感じさせないあどけない笑顔が魅力の村上

 底力を発揮したのはここからだ。全日本選手権が12月23日に終わると、山田満知子コーチのチームが休暇となっても村上は元日以外は休むことなく、翌日から自主練習を開始。全日本選手権後に交換した靴が足に合わず右足甲を痛めたが、それでも練習量を減らすどころか、1日3〜4時間だったものを5〜6時間に増やした。
「全日本のフリーのような、いや、それ以上の演技ができるようにたくさん練習したい」

 四大陸選手権で会場入りすると、練習のし過ぎで疲れて身体が動かないことに気づいた。「体が重い、スタミナが持つかな」と何度も弱気を吐く村上。それでも執念の練習は体に染み付いていた。山田コーチが「思い切って自信持ってやりなさい」と送り出すと、SPの美しい旋律に乗って、最後までスピードを落とすこともなくすべてのジャンプをクリーンにそろえた。

「初めてのノーミス。全日本より落ち着いてできました」
 努力の割に、そして世界初という挑戦の割に、さらっとしたコメントだった。そして成功の秘訣(ひけつ)を聞かれると、照れ笑いしながらこんな答えを返した。

「一緒に練習している(宇野)昌麿(グランプリ東海クラブ)が、練習や試合の時に手をバンバン振るとジャンプの調子が良いんです。だから1月の練習中に真似してみたら跳べたので、私も手をバンバン振ることにしました。高見盛!? いや成功すればどんな動きでも良いですね(笑)」
 努力を隠してコメディーにしてしまう。彼女の魅力が溢れるコメントだった。

 この試合の女子SPで、1つの技で10点以上をマークしたのは、浅田真央のトリプルアクセル(10.07点)と、村上の3回転−3回転(10.02点)のみ。価値ある1本だった。しかし、そんな大技であることを彼女はアピールしなかった。苦労を感じさせないあどけない笑顔の中に、誰よりも高い目標へと努力する凛としたまなざしを見た気がした。

<了>
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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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