香川が痛感する「新たな自分」の必要性=こだわりに変化を与えたプレミア移籍

元川悦子

疑念を抱える中で突きつけられた現実

「新たな自分」を作るため、新境地の開拓に意欲を燃やす香川。代表では乾のプレーに刺激を受けた 【Photo:Getty Images】

 11年アジアカップでエースナンバー10を背負って以来、香川は日本代表での自分がどうあるべきか悩み続けてきた。アルベルト・ザッケローニ監督にとってトップ下のファーストチョイスはあくまで本田圭佑だ。本田不在時は香川を中央でプレーさせることもあったが、指揮官はあくまで左サイドに固執し続けてきた。

「イタリアに香川によく似た特徴を持った選手がいる。左から中に入って良さを発揮するその選手は(アレッサンドロ・)デルピエロだ」とアジアカップの最中に言われ、香川本人も一度は納得したつもりだったのだろう。だが、ドルトムントの2シーズンでブンデスリーガ21得点をマークし、評価を上げれば上げるほど、どこかに疑念は残る。ブラジルW杯予選でわずか2点しか奪えていないことも、左サイドでプレーする自分自身の不完全燃焼感に拍車をかけていたのかもしれない。

 だが、昨夏のマンU移籍後、多彩な役割をこなさなければピッチに立てない現実の厳しさを突きつけられた。実際、今季のマンU攻撃陣で不動の地位を確立しているのは、プレミアリーグで得点ランキングトップに立つロビン・ファン・ペルシーと、絶対的エースのウェイン・ルーニーくらい。香川よりクラブで実績のあるナニやハビエル・エルナンデスでさえも出たり出なかったりだ。

 この苦境が香川のポジション観に微妙な変化をもたらし、新たな闘志を抱かせたのは間違いない。ラトビア戦のために帰国した直後、「日々の練習からゴールするしかない。それを取れていたらもっと信頼されていたと思う。良いプレーをしていても、調子が良くても、結果を出さないと評価されない。アシストも結果だけど、ゴールは何よりもインパクトがある」とかつてないほどの得点へのどん欲さを強く押し出したのも、代表での活躍をクラブでの定位置確保につなげたいという思いからに違いなかった。

「乾の方がいい形を持っている」

 ポジションうんぬんではなく結果が第一……。この割り切りは今回、いい方向に働いたようだ。前半からゴール前に飛び込んでシュートを狙いに行き、サイドを突破して質の高いクロスも入れた。そのガツガツした姿勢が2アシストにもつながる。これまでの香川は欧州から帰国直後の試合ではパフォーマンスが上がらないことも多かったが、今回は最後まで泥臭さを見せ続けることもできた。「真司は1人で打開する能力があるし、相手は1人2人とマークが行くから、空いてくるスペースもある。真司がいるかいないかは全然違う」と長友佑都もコメントした通り、確かに攻撃のアクセントにはなっていた。4カ月ぶりの代表復帰戦は左サイドで60分、トップ下で30分のプレーだったが、まずまず合格点を与えられる出来だったのではないか。

 けれども、本人は試合後「トップ下は慣れがあるけど、左でやっていくイメージは全然できてない」と自らに思い切りダメ出しをした。それはセレッソ大阪時代のチームメート・乾貴士の目覚ましい仕事ぶりを目の当たりにしたことが大きい。後半17分から出場した乾は、スピードに乗った突破や前線に入り込む鋭い動きを連発。チーム最多のシュート7本を打った。トップ下に移動した香川とのワンツーからゴール前に抜けて放った左足シュートは4点目につながっていてもおかしくなかった。

「フランクフルトで試合に出てる乾の方がいい形を持っている。あいつのプレーはいい刺激になった。自分は代表で左を任されているわけだし、形をもっと極めないといけない。僕はサイドに張っているだけのプレーヤーでもないし、中に入り込んでしまってもダメ。そこの駆け引きや距離感はトップレベルで試合をやりながら得られる。もっとゲームをやらないといけないと思います」と香川は神妙な面持ちでこう言った。

世界最高峰クラブの高い壁への挑戦

 確かに、サイドのスペシャリストとしては乾の方にアドバンテージがある。欧州には彼のみならず、今回初招集された大津祐樹や若い宮市亮、宇佐美貴史といったサイド職人が数多くいて、香川といえども安穏としていられる状況ではなくなってきた。だからこそ、多彩なポジションを担いつつゴールを奪える「新たな自分」を作り上げる必要があると、彼は痛感している。

 外からのシュートというこれまでにない武器を磨くことは、その一助になりそうだ。香川という選手はペナルティーエリア内に侵入し、相手と駆け引きしながらゴールを奪う能力がず抜けて高い。ドルトムント時代もその形からゴールを量産してきた。しかし、それだけでは足りないと本人も認めている。

「自分のスタイル上、中に入り込んでかわしてシュートというイメージが強いんで、なかなか外からのシュートという意識を持てない。でもペナルティーエリアの外からでも前を向いてシュートできる選手にならないといけない。意識して今後やっていきたいです」と彼は自らの課題を口にした。遠目からも決められるようになれば、トップ下だけでなく、サイドに入っても十分結果は残せる。そうなれば、マンチェスターでも日本代表でも鬼に金棒だ。賢くて努力家の香川なら、幅のあるプレーヤーになることは決して不可能ではないはずだ。

 ラトビア戦では最も重視していたゴールを挙げられず、悔しさをのぞかせたが、得点に近づいてきているという実感はあるという。

「コンディションは上がってきてるし、いいイメージは常に持ててるから、あと一歩のところで決めるか決めないか。そこの精度だと思ってるし、1本取れたらいける」と香川は力強くコメントし、イングランドへと戻っていった。世界最高峰クラブでの挑戦はかつてない困難が伴うが、直面する高い壁を打ち破った時、彼は日本代表に一味違ったエッセンスをもたらしてくれる。ザックジャパンのレベルを大きく引き上げるためにも、香川真司のさならる進化と成功と強く望みたい。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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