錦織に向けられる世界からの期待 全豪ベスト16も“当然”という進化

山口奈緒美

今大会最初の壁、フェレール戦

フェレール戦では、トップ10のしぶとさを見せつけられた 【Getty Images】

 今大会最初の“チャレンジ”と言える相手がフェレールだった。錦織は過去の対戦で2勝1敗と勝ち越しているが、10年の10月からトップ10を維持し、昨年はツアー最多7回の優勝、今季も前哨戦のハイネケン・オープンを制した30歳は、今もっとも脂が乗っている選手の一人といっていい。175センチという身長はテニス選手としては小柄ながら、卓越したディフェンス力は錦織が「お手本にしたい」とも言っている強力な武器である。

 そうはいっても、錦織にフェレールのような泥臭さは似合わない。試合の立ち上がりは、多彩でトリッキーなショットメークから、鮮やかなウイナーを放つ。そんな錦織らしいテニスが散りばめられていた。第1ゲームと第3ゲームで合計5回のブレークポイントを握った錦織の優勢で始まった試合だったが、フェレールの好サーブなどでいずれも生かすことができず、1−2で迎えたサービスゲームを5度のデュースの末にブレークされたことで、流れは一気にフェレールに傾いた。
 2−6、1−6、4−6。第3セットでは第3ゲームをブレークされても第6ゲームでブレークバックする最後の粘りを見せた。しかし、4オールでのサービスゲームを5度のデュースの末に落としたように、この日の錦織はデュースになったゲームをほとんど奪えていない。試合が進むにつれてミスが増え、最終的にフェレールの3倍近いアンフォーストエラーをおかしたのは、膝の悪化のせいではないかと思われたが、「自分から先に展開することを心掛けたので、攻め急いだところがあった」と説明した。フェレールが相手なら、多少のリスクを負ってでもそうする必要があったのだろう。ミスが増えた一方でフェレールよりもウイナーの数では勝ったが、「あそこまでミスが少ない相手に勝つには、かなりの忍耐力と体力が要ると感じました。僕はまだそこまでのレベルにいってない」との結論を口にした。

世界5位が認めた才能

 大会前の準備状況にも目を向けなくてはいけない。シーズン初めの全豪オープンは、フィジカル、メンタルともに調整が難しい。いかに高いモチベーションを持って準備をしてきたかが成功の鍵になる。昨シーズン終盤から手首のケガのため十分な練習ができなかった錦織には、ハンデがあった。本人は「その分トレーニングをしっかりできた」と言ったが、シーズン入りしてからの膝の問題もあり、やはり万全だったとは言いがたい。
 ケガについては「メンタルも関係がある」と言っていた。つまり痛みそのものはなくても、“気になる”だけで問題なのだ。それが集中力を鈍らせ、持ち味の正確なショットをわずかに狂わせる。
 今大会中も何度かトレーナーを呼ぶ場面があったが、錦織は「大丈夫です」「大したことじゃありません」と繰り返した。含みのある言い方に、何か隠しているのだろうと疑っていたが、ひょっとすると本当に症状としてなんでもないことで、本人が言うように“気”の問題なのかもしれない。それを克服することは強い肉体を作ることと同じように、あるいはそれ以上に難しいのかもしれないが、そこは錦織の例の大らかなマインドが発揮する治癒力に期待したい。

 フェレールは試合後、「ニシコリはどんなショットでも打てる。それに若い。きっとトップ10になると思う」と称えた。錦織に2度負けた世界5位の30歳が語る予言は妙に説得力がある。フェレールより上にいるビッグ4の面々も、若い才能のチャレンジを待っているに違いない。今回4回戦で22歳のマイロス・ラオニッチ(カナダ)と対戦したフェデラーは、自分の持てるものすべてを見せて立ちふさがり、若い才能の挑戦に応えた。その圧倒的な存在感。史上最強の時代はやはりフェデラーが築いたのだとあらためて思う。
 錦織のトップ10への道程は厳しく、チャレンジは果てしない。しかし、それが不運であるわけがない。

<了>

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著者プロフィール

1969年、和歌山県生まれ。ベースボール・マガジン社『テニスマガジン』編集部を経てフリーランスに。1999年より全グランドスラムの取材を敢行し、スポーツ系雑誌やウェブサイトに大会レポートやコラムを執筆。大阪在住。

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