頂点極めた世界を意識する“成徳スタイル“ =春高バレー

田中夕子

誠英を破り、10大会ぶりとなる優勝を決めた下北沢成徳【坂本清】 【坂本清】

 バレーボールの全日本高校選手権(以下、春高バレー)は13日、埼玉県の所沢市民体育館で男女決勝が行われ、女子は下北沢成徳(東京)が誠英(山口)を3−0(25−21、33−31、25−23)で破り、10大会ぶり2度目の優勝を果たした。

 一方、男子は星城(愛知)が大塚(大阪)を3−1(25−18、23−25、25−21、26−24)で下し、4大会ぶり2度目の優勝を飾った。星城は高校総体、国民体育大会(国体)を合わせて高校3冠を達成した。

 大会は同選手権を兼ねた2009年までの高校総体の記録を引き継ぐため、下北沢成徳は02年以来、星城は08年以来の優勝となった。

オープントスを打ち切る“成徳スタイル”

アタッカーの持ち味にセッターが合わせる“成徳スタイル”を実践し、見事に結果を残した 【坂本清】

 08年から11年まで4年に渡り東九州龍谷(大分)が連覇を遂げ、女子高校バレー界の頂点に君臨してきた。
 高度な技術を持った選手が集い、セッターへのパスもピンポイントに返し、ココという場所に上げられたネットの白帯に沿うようなトスを、スパイカーが巧みに打つ。超高速バレーと謳(うた)われた戦術とともに、他校と練習試合もせず、自校のみで鍛錬する強化方針も含めた“東龍スタイル”が、近年の高校女子バレー界を席巻してきた。

 勝っている以上、その戦いが間違っているわけではない。だが“東龍スタイル”が染みついてしまうと、卒業後に進んだ場所で二段トスを打ちきれない、高いトスが上げられないなど、東龍の功罪とも言うべき課題と直面し、苦しむ選手も少なくなかった。
 多くの高校生が、頂点に立つ“東龍スタイル”をまね、高度なテクニックばかりを取り入れようとする一方で、あえてその対称、オープントスを打ち切るスタイルに重きを置いてきたのが下北沢成徳だ。
 
 高校で勝つことだけを目標にすれば、選手の個性よりも形を提示し、そこに選手を当てはめたほうがおそらく結果が出るのは早いはずだ。だが、選手によってはスピードを重視したほうがいいケースもあれば、馬力を生かしたほうがいい選手もいる。
 あえて“成徳スタイル”と言うならば、小川良樹監督の掲げる方針は至ってシンプルだ。

「成徳でしか通用しない選手にするのではなく、世界で戦う選手を育てるためには形で当てはめてしまうと選手の力が半減します。セッターのトスにアタッカーが合わせるのではなく、アタッカーの持ち味にセッターが合わせる。世界で戦う選手になるために、高校生のうちは、自分の力で打ち切ることのほうが大切だと考えて指導しています」

 それぞれの持ち味を生かす攻撃を展開できるトスを供給し、アタッカーはそれを一番高いところでとらえ、打ち抜く。“東龍スタイル”が席巻する中でも、ぶれずに貫いてきた“成徳スタイル”を選手たちも理解し、実践してきた。

 チームの主将にしてエースの小笹奈津子はこう言う。
「パワーが持ち味ではあるけれど、『こんなに高いトスで大丈夫かな?』と思うこともありました。でも成徳で大山加奈さんや木村沙織(ワクフバンク/トルコ)さんが高さとパワーを培い、世界でも活躍している姿を見たら『このバレーで間違いない』と、不安が消えました」

実を結んだ小川監督の一貫した指導

優勝を決め、選手に胴上げされる小川監督。一貫した指導が実を結んだ 【坂本清】

 小川監督の指導方針は一貫している。
「まず体をつくり、そこに技が加わり、最後に心がついてくる」
 
 入学当初から選手たちにはウエイトトレーニングやインターバル走など厳しいトレーニングが義務付けられる。朝から800メートル×1本、400メートル×2本、200メートル×2本、100メートル×4本、50メートル×6本を全力で走り、タイムを計測する。一見するとバレーとはかけ離れたトレーニングにリベロの鈴木惠は「何でこんなにやらなきゃならないのか、意味があるの? と思わずにいられなかった」と言う。
 トレーニングだけでなく、ボール練習も同様だ。たとえば、「レシーブの基本になる」と重視する対人パス。打つ時はスパイクの時と同じように全力でミートポイントを確認しながら、レシーブ時には弾かれないように受け止めつつ、返球場所もコントロールする。1本1本の意味と目的を確認しながら行うため、長い時は対人パスだけで1時間以上も時間を割くことがあった。

 必要とわかっていても、結果が伴わなければその意味を理解することはできない。
 小川監督から「力があるのに燃えきれない」と揶揄(やゆ)されてきた選手たちが、積み重ねてきた練習、対人パスやトレーニングの意味を体感したのが春高バレーだった。

 誠英との決勝戦、下北沢成徳が2セットを連取して迎えた第3セットの終盤。22−22の場面でチームを救ったのが、鈴木のレシーブだった。ノーブロックで打たれる強打をレシーブし、誠英からすれば「決まった」と思うボールを立て続けに拾う。
「対人パスで強打を何本も受けてきた感覚と、鍛えてきた体があったから、あの場面でもレシーブすることができました」

 監督から、ああしろこうしろと押しつけられることがない代わりに、正解が与えられることもない。だが、練習で培ってきた成果は、大事な場面で必ず実を結ぶ。そして、その実感が何より大きな自信につながる糧になる。
 高校総体、国体で敗れ「根性なし!」と叱咤(しった)され続けたチームは、試合を重ねるごとに変革を遂げ、最後に大輪の花を咲かせた。

「『このスタイルで勝てるのか』と常に迷い、考える中、選手がこのやり方でも勝てると証明してくれた。指導者としてこんなに幸せなことはないし、選手たちに自信をもらいました」と語る小川監督は、木村沙織を擁し、全国制覇を遂げた10年前とはまた違う喜びをかみしめた。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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