“有言実行男”錦織圭が歩む、世界トップ10への道

内田暁

今季開幕戦でベスト4入りした錦織。躍進の“吉兆”となるか!? 【Getty Images】

 錦織圭(日清食品)の成長と今後への期待、そして課題が全て凝縮したかのような、2013年シーズンの幕開けであった。
 テニス選手のオフは短く、新たな年が明けるのは早い。昨年の10月末までシーズンを戦った錦織は、11月には数々のエキジビションマッチやチャリティマッチに参戦、テレビ収録なども行う多忙なオフを過ごした。その後、米国シカゴでのフィジカルトレーニングを経た後、今年で10年目の拠点となるフロリダのIMGアカデミーにて最終調整。12月28日には既に、13年シーズンの長き戦いを見据え、灼熱(しゃくねつ)のオーストラリアへと入った。

 今季の開幕戦は、暦の上では“旧年”にあたる12年12月30日。23歳の誕生日を迎えた、翌日のことである。その開幕戦のブリスベン国際で錦織はベスト4。10月の楽天ジャパンオープン優勝に象徴される昨年の快進撃が、決してフロックや一過性の物ではなく、確実に血肉となった実力であることを示してみせた。さらに14日からは、今季グランドスラム第1戦となる全豪オープンが控えている。

 ここまでの進化の足跡を知るためにも、錦織のこの2年間の歩みをいささか乱暴に簡略化して追ってみよう。

“目覚め”の11年、12年シーズン

11年に迎えたのは、“勝つテニス”への目覚めである。このシーズンの錦織は、アンドレ・アガシらやアンディ・ロディック(ともに米国)ら数々の世界1位を育てた名将ブラッド・ギルバートをチームに招き、トップを狙う身心の土台を築くことから始めた。「俺はトップ10になれる素材しか指導しない」と公言するギルバートがコーチを引き受けたことは、それだけで錦織の視線を上に向かせる効果があったはずだ。同時にギルバートは、それまでの錦織の“ハイリスク、ハイリターン”なプレーを封じ、文字通り地に足をつけた、堅実なプレーを植えつけた。テニス界きっての弁士としても知られるギルバートの言葉に、錦織は「テニスへの考え方を根本から変えた」とも言い、効果的な守備と、組み立てでポイントを奪う術(すべ)を学んでいったのだ。
 このギルバート流テニスが一つの集大成を迎えたのが、11年の終盤。上海マスターズでベスト4、バーゼル大会では準優勝の快挙を成し、特に世界1位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)を破ったバーゼル大会では、「自分がリスクを負わなくても、ラリー戦で相手にミスさせる術を体得した」と言う。

 そして12年シーズンは、前年に築いた確固たる土台の上に、創造性を生かした流麗なる“攻撃”を組み立てた年であった。錦織は、駆け引きの妙に長けたコート上の戦略家でもあるが、その本質はやはり“アタッカー”だ。「テニスの最大の魅力はウイナーを決めた時の快感。本当なら全てのショットでウイナーを取りたい」という本能を、経験と知性で精緻にコントロールし打ち立てたのが、楽天ジャパンオープン優勝という金字塔である。

可能性と課題が表れた今季開幕戦

 そして迎えた13年。錦織は3カ月前につかんだキャリア最高のテニスの感触を、しっかり手のひらに残し新シーズンに挑んでいた。ブリスベン国際では初戦から3回戦(準々決勝)まで全てストレート勝ち。特に準々決勝では、ツアーでも一、二を争うフットワークで知られるアレクサンダー・ドルゴポロフ(ウクライナ)を、フォアのストロークで圧倒した。さらに準決勝でのアンディ・マレー(スコットランド)戦でも、立ち上がりからミスを恐れず積極的に攻め、一時は4−1とリードを奪ってみせた。錦織の攻撃力が、“ビッグ4”の壁に穴をうがつ可能性を感じさせる内容である。

 だがこのマレー戦で錦織は、第2セット開始直後に、左膝の痛みを理由に棄権。昨年末から続くケガへの不安は、依然として課題として残っている。
 フィジカルは錦織にとって常に懸案事項であり、故にここ数年で、大きく改善された分野でもある。昨年シーズンのオフは、ハンマー投げの室伏広治も指導しているスポーツ理学療法士のロバート・オオハシ氏に師事し、その成果が全豪オープンのベスト8につながった。猛暑の中、連日のようにフルセットを戦い、しかもミックス・ダブルスまでこなした肉体の変化に、錦織自身「すぐに結果が出て驚いた」と言う。
 ただし、いったんシーズンが始まると、集中的なトレーニングは難しくなる。そのような状況も鑑みた上で、錦織のコーチが現時点の最大の課題として上げたのが「いかにポイントを短く終えるか」である。相手がスローペースな打ち合いに持ち込んだ時、ネットに出てボレーなどで素早く仕留める。それにより「2時間半掛かっていた試合を2時間以内で終える」ようにし、身体への負担を減らすというものだ。その意味でも攻撃の強化は、単に一つの勝利をもたらすだけでなく、次なる勝利を引き寄せる鍵になるだろう。特に最大5セットを戦うグランドスラムで上位に進出するためには、フィジカルの向上と攻撃テニスの合致が不可欠だ。

新たなシーズンへ、膨らむ期待

「終わってみれば、キャリア最高のシーズンだった」という12年は既に過去となり、目の前には10カ月に及ぶ、長く過酷な道が続いている。その旅路の目標地点を、錦織は「トップ10」と「グランドスラムベスト4進出」に定めた。
 思えば錦織は、驚くほどに有言実行の男だ。肘のケガによる“ランキング圏外”から復帰した10年はトップ100入りを公言、そして最後の最後で実現した。昨年は「トップ20入り」を掲げ達成したのみならず、11カ月にわたりその地位を確保している。だからこそ錦織が口にする以上、たとえ夢のような高みであっても、そこは今歩む道の先に確かに在る中継地点なのだろう。
 積み上げてきたトレーニングの成果であるフィジカルと、標榜(ひょうぼう)する攻撃テニス――この2つの糸が理想の調和で織りなされた時、「トップ10」という“錦”も完成するはずだ。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント