鈴木明子、「悔しさ」実感で蘇る4年前の記憶

野口美恵

鈴木だけが違った、GPファイナルの位置付け

今季苦しんでいるSPだが、NHK杯の失敗で「吹っ切れた」と話す鈴木。GPファイナルの出来には笑顔を見せた 【坂本清】

 1年2カ月後に冬季五輪が行われるロシア・ソチの「アイスバーグ・スケーティング・パレス」。今回、その五輪会場を舞台に行われたグランプリファイナル2012は、多くの選手にとって、五輪のプレ大会の位置付けだった。本番に向け、会場の雰囲気、氷の質、ウォーミングアップの場所などを確認し、練習でイメージできるようにするためだ。

 しかし、鈴木明子にとっては違った。
「五輪までの現役をはっきりと宣言していない私にとって、ソチの会場に行ってみて、自分に何らかの変化があるのか、何も感じないのか、分からない。どんな気持ちになるのか楽しみだし、感じたことを大切にしたい」
 そう心に秘め、ソチの氷へと降り立った。

 今季の前半は、ショートプログラム(SP)に手を焼いていた。映画「キル・ビル」のテーマ曲を使った、力強さを前面に押し出すプログラム。「強い女を演じたい」と振付師に曲選びをお願いし、決まった曲だったが「まさか私がキル・ビルをやるなんて思ってもみなかった」と鈴木。映画の主人公は女性だがフィギュアスケート界では、男子選手が選ぶことはあっても女子選手が使うことのあまりない、硬質な力強い曲調だ。「曲の強さに自分が負けてしまうところがある。自分の強さと曲の強さが合わさったときに、本当の強さが際立つプログラムになると思う」と言い、素のままではキル・ビルの世界観を創り上げることができず、難しい挑戦だった。

 結局、シーズン前半のスケートカナダ、NHK杯は、2戦ともに、ショートはジャンプミスがあり5位発進。NHK杯のビデオを見返すと、鈴木は自分の演技が、自分が感覚で思っているのと違って見えていることに気付いた。
「何だか自分から出ているもの、目線などに自信のなさがある。自分のやろうとしている演技と、お客さんから見た演技にズレがあるという感じ。ファイナルはお客さんをよーく見て、強い気持ちでいこう」

工夫が実ったSP「自分らしく滑ることができた」

 その決意の効果は、SP当日の6分間練習で現れた。このプログラムで一番の見せ場は、やはりステップシークエンス。途中、ジャッジ席に向かって立ち止まりにらみ付けるシーンは、目ヂカラをふんだんに使いたいところだ。すると、6分間練習でステップをして、「さあにらみ付けよう」と止まったところ、目の前にいたのは、時間を計測する係員だった。

「ジャッジの目の前だと思ったらあらって感じ。そこでアピールしても何にも点が変わらないじゃない、って。それで本番は調整して、ジャッジの前で止まってアピールしました」
 なんとも可愛い、そして、したたかな工夫! 結果、鈴木は力強い演技で、首位の浅田真央と2点差以内の僅差で3位発進となった。

「2試合ともショートで出遅れて、自分でも苦手意識が高くなっていたんです。でも、NHK杯でジャンプに大きなミスをしてしまって、もう吹っ切れた、怖いものはない、攻めようって思ったら、自分らしく滑ることができました」
 と笑顔を見せた。

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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