知られざる内田篤人のドイツでの流儀=現在の地位を築いた確固たるスタイルとは

率先してスタッフの後片付けを手伝う内田

今季ブンデスリーガでは8試合に出場し、1得点(11/24現在)の活躍。安定感は増している 【原田亮太】

 オフ・ザ・ピッチでも、チームのために内田が日課としていることがある。練習のあとや試合のあと、内田はチームの荷物を持ってピッチを離れるのだ。あるときは、けが人の治療をするための救急箱、またあるときはチームが使うボールの入ったケース。これらはチームのスタッフだけでは人手が足りないからこそ、内田が率先して手伝っている。

 ドイツに来て3年目となる今だからこそ周囲で話されているドイツ語はかなり理解できるようになった。とはいえ、未だ自らドイツ語を話して何かを伝えるのはあまり得意ではない。だからこそ、ともすれば、内田は一体何を考えているのか周囲の人間から不信に思われてしまいがちだ。そんな状況にあって、雨の日も雪の日も内田は後片付けの手伝いをやめることはない。そんな一貫した姿勢が選手だけでなく、チームを陰で支えるスタッフからも好評を得ている。そうした評価は、内田がシャルケで活躍することを確実に後押ししている。

言葉が分からないことを利用したふてぶてしさ

 内田はまた、言葉が通じないことを逆手にとってピッチの上で理想とするプレーを仲間と共有している。それはシャルケに加入してから間もないころのことだった。内田が前方へとパスを出す。しかし、味方の選手はボールに追いつけずにラインを割ってしまった。そのとき、味方選手は内田に対して何やら指示をしていた。言葉の内容こそ理解することはできなかったのだが、ほかのタイミング、あるいはほかのコースにボールを出して欲しいという趣旨の指示であることは内田にも理解することができた。

 しばらくして、再び内田のもとにボールが渡る。ここで内田がとった行動とは……。なんと、先ほどとまったく同じコースで、同じスピードのパスを出したのだった。内田に対して指示を出してきた選手は、またもやボールに追いつくことができなかった。内田はこのとき、それでいいと思ったと、のちに話していた。

 そして、3度、同じようなシチュエーションで内田にボールが回ってきた。内田は過去2回と同じようなタイミングで、同じようなコースにパスを出した。すると、今度は味方がしっかりとそのパスに追いつくことができたのだ。このプレーにある意図とは、どのようなものだったのか。

 まず、最初の時点で内田は、自らの出したパスのコースやスピードが、その時点で最高のものだという自信があった。それでも、味方のイメージとはギャップがあった。言葉がうまく話せないので自分の判断が正しいと主張することは難しい。となれば、同じようなパスを繰り返して出すことで、味方に、「内田のパスに合わせるしかないな」と思わせようとしたのだ。
 
 必要なら周りに合わせることも厭(いと)わない内田だが、自らが正しいと信じられることは貫いてみせる。つまりは判断。チームにとって何が最適なのかを常に考えているということだ。

 このようなシチュエーションについて、内田自身は「言葉が分からないことを利用する」シーンだと表現する。
 
 海外へ来て失敗する選手の中にはこのような言葉が通じない状況にもどかしさを覚え、中途半端に周囲のやり方に迎合し、「海外の選手たちの自己主張が強くて……」とボヤく者も少なくない。だからこそ、そうした状況を利用してしまう、内田のある種のふてぶてしさと大胆さは大きな武器となっているのだ。

「優しすぎる」と見放された新監督から信頼を獲得

 もちろん、内田にも苦しんだ経験はある。

 例えば、昨年の9月に新しく就任したフース・ステーフェンス監督との相性の問題がある。ステーフェンス監督が就任して早々の練習で内田は肉離れを起こしてしまい、およそ1カ月の戦線離脱を余儀なくされた。復帰してからは試合に起用されることもあったが、紅白戦の最中に自らのファウルで倒した選手に手を差し伸べる姿勢が、監督からは「優しすぎる」選手だと見放されてしまう。これは代表のチームメートも話していることなのだが、内田は気持ちを前面に出してプレーするタイプの選手ではない。実は闘志を内に秘めている。ただ、これではなかなか監督には伝わりづらい。十分なコミュニケーションがとれないからだ。

 そこで自らのスタイルを変えて、あえて気持ちを前面に出してプレーするという選択肢も、あるにはあった。しかしながら、内田はここでプレースタイルを変えることはしなかった。というのも、仮に自らのプレースタイルを監督に合わせて無理に変えたとしても、いつかはボロが出てしまう可能性があり、そうなると結局「戦えない選手」というレッテルを張られてしまう。それでは、さらに悪いイメージを抱かれることになってしまう。そう考えた内田は、淡々と、自分にやれることをやろうと考えるようになった。

 実際、ステーフェンス監督が就任してからしばらくの間は、起用されたり、起用されなかったり、評価が定まらない時期もあった。ときには、スタメンはおろかベンチ入りのメンバーから外れることもあった。ちょうど、昨年の秋から冬にかけての時期だ。

 この時期を耐え忍んだ内田は、冬にリーグが中断している時期に行なわれたキャンプに良いコンディションで臨み、監督からの評価を覆すことに成功する。冬から春にかけての時期に、再びコンスタントに試合に出られない時期を迎えたものの、それが過ぎると、監督からはようやく気持ちを前面に出すことはなくても、闘志を内に秘めている選手なのだと思われるようになった。それは、ステーフェンス監督が就任してからというもの、内田が練習や試合への取り組み方を変えることがなかったからだろう。こうして、シーズンオフにはシャルケ首脳陣と監督からの信頼を得て、契約延長を勝ち取ることができたのだ。

 内田がドイツ語でのコミュニケーションをとるのが苦手なだけで、コミュニケーションをとることを避けているわけではないと監督が理解できるようになったことも大きいだろう。内田も監督とはさりげなくコミュニケーションをとるようにしている。練習の合間には監督が歩いている背後から近づいて、監督の股の間にボールを通してみせる。特別な言葉をかけなくても、監督は内田がコミュニケーションをとろうとする意志があると、なにげない行動から理解することができる。

 こんな1コマもある。ハードな走り込みを中心としたトレーニングを終えた後、監督が内田に「今日の練習はきつかっただろう?」と簡単なドイツ語で声をかけると、内田はきつかったとは言わずに「ありがとう」と短く返す。そんなやりとりから、監督は内田が決して弱い選手ではないと判断できるようになったのである。昨年の秋から冬にかけては、ベンチに入れず悔しさをかみしめる日々もあったというが、それでも自らのスタイルを変えない。そういうひたむきで一貫した姿勢が、エゴを持つ選手たちがひしめいているドイツでは評価されることもある、ということを内田は示している。

 このように内田には確固たるスタイルがあり、日本とは異なる環境に置かれたからといって、それを安易に変えることはない。その一方で、リベリのマークを命じられたときやチームとしての守備の方法に従うべきときなどは、徹底してそれに合わせる。そうした何事にもはっきりとした態度で臨む姿勢が、内田を現在の地位に押し上げることになったのである。

<了>

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