苦境を乗り越えた長谷部誠が見据える理想像=クラブでレギュラーを奪回、取り戻した自信

元川悦子

指揮官解任で状況が一気に好転

指揮官の解任によりレギュラーを奪回。現在はコンスタントに出場機会を得ている 【Bongarts/Getty Images】

 サッカー人生最大の苦境に瀕し、先行きに暗雲がたちこめていた長谷部の状況が激変したのは10月下旬。彼を冷遇し続けてきたマガト監督が成績不振で解任されたのだ。最下位争いの渦中にいるチームを引き継いだギュンター・コストナー暫定監督は、経験豊富な長谷部をレギュラーに抜てきし、10月27日のフォルトナ・デュッセルドルフ戦に先発フル出場させる。今季初のリーグ戦で彼はゴールをアシストする活躍を見せつけ、大きなインパクトを残すことに成功。これで右MFのポジションをつかみ、そこからコンスタントに試合に出るようになった。

 不完全燃焼の日々から抜け出し、前向きな状態で迎えた今回のオマーン戦。長谷部は「試合に出ていることで、もちろんいい部分もあると思うけど、試合に出る出ないに関係なく、自分のやるべきことは変わらない」といたってクールに語った。それでも、クラブでの出場機会の有無に関係なく、スタメンから外さずに絶大な信頼を置いてくれたザッケローニ監督への感謝は強かったようだ。「監督は今までずっと僕をピッチに送り出してくれた。自分にはピッチ内でもピッチ外でもいろんな役割があるのかなとあらためて思いましたね」と本人もしみじみ話す。その恩に報いるためにも、2012年ラストマッチを勝利で締めくくりたかった。

 37度を超える気温の中、始まったこの試合。長谷部は攻守のバランスを取りつつ、相手の鋭いカウンターの芽を摘むアグレッシブな守備を見せた。相手があまりボランチにプレスをかけてこなかったせいか、比較的楽にプレーできたという。後半にはチーム全体の運動量が低下する中、ドリブルで持ち上がって仕掛ける意識を前に出すなど、彼は最後まで走り抜いた。酷暑に加え、試合前日に1時間しか練習していない状況にもかかわらず、その一挙手一投足は9〜10月の代表戦よりは明らかに力強かった。これでスタメン落ちの危機は回避できた。キャプテンの積極的なパフォーマンスが戻ってきたことは、日本代表にも朗報といえる。

 とはいえ、長谷部本人はボランチとしての感覚が鈍っていることを正直に打ち明ける。

「ボランチとサイドは全然違いますからね。サイドの選手はタッチラインを背にしてプレーするけど、真ん中は360度敵が来るわけだし、ボールをもらう前に常に周りを見ている必要がある。そのへんの感覚的な違いは今回の試合でも感じました。試合勘というか、ボランチ勘という意味ではやっぱり難しい。頭の切り替えはやっているつもりだけど、もっとやらないと。自分自身としては、クラブでボランチで勝負したいと思ってるけど、そのためにはすべての面を改善していかないといけないと思いましたね」

 そんな発言ができるのも、出場機会を得たからこそ。長谷部は10月の欧州2連戦で必要不可欠だと実感した「個のレベルアップ」のスタートラインにようやく立てたのである。

理想とするチーム像はまだ遠い

 この課題を彼のみならず、チーム全体がクリアしなければ、ブラジルW杯で南アフリカ大会のベスト16を上回る好結果を出すのは難しい。それだけ世界トップは日進月歩で飛躍を続けているのだ。そんな中、2012年の日本代表は幸いにして、最終予選5試合を4勝1分けの勝ち点13で乗り切ることができた。この結果について、キャプテンも「非常にいい戦いができてるし、オマーン戦みたいな苦しい試合を勝てるようになった」と前向きに見ている。来年3月のヨルダン戦で勝てば、無条件でブラジル本大会の切符を取れる。史上最速ペースの最終予選突破が近づいていることを、ジーコジャパン時代から日本代表の進化を熟知する長谷部も頼もしく感じていることだろう。

 その反面で「世界と戦うにあたって確固たる自信を持てるところまでは至っていない。結果を出しながら、もっと成長していくことが大事」と理想とするチーム像がまだまだ遠いことも明らかにした。

 長谷部が求める1つのテーマは、若い世代の台頭だ。オマーン戦では清武弘嗣が代表12戦目で初ゴールを挙げ、酒井高徳も2試合目で決勝点をアシスト。酒井宏樹も序盤こそ試合勘の欠如と猛暑の影響でミスを繰り返したが、尻上がりにパフォーマンスを上げるなどポテンシャルの高さをうかがわせた。「今回はキヨ(清武)や高徳が結果を出してチームを活性化させてくれた。そういう流れが続けば、日本代表はもっと成長できる。ヨルダンで突破が決まれば、また新しいチャレンジもできるし、いろんな可能性があると思う」と彼もあらためて期待感をのぞかせた。

 ブラジルW杯まであと1年半。ザックジャパンにはそれほど多くの時間は残されていない。長谷部自身も2013年1月には29歳。もはやベテランの域に差しかかっている。年齢を考えると劇的な成長は難しいかもしれないが、それでも個の力を上げることにチャレンジするしかない。そのうえでチームをけん引し、周りの成長を促す仕事も求められる。時に歯に衣着せぬ物言いで周りを鼓舞できるキャプテンには、これからもピッチ内外で奮闘してもらう必要があるだろう。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント