苦境を乗り越えた長谷部誠が見据える理想像=クラブでレギュラーを奪回、取り戻した自信
最悪の状況から脱し、再浮上のきっかけに
味方のゴールを喜ぶ長谷部(右から2人目)。オマーン戦でもチームを献身的に支える姿勢が光った 【Getty Images】
会場全体が騒然とする中、キャプテンマークをつける長谷部誠はチーム全体を派手に叱咤激励した。「顔を上げてやろうぜと伝えたくて。残り10分くらいありましたから」と本人はこの時の心境を吐露した。
アルベルト・ザッケローニ監督はこの後、清武弘嗣に代えて細貝萌を投入。遠藤保仁を前に上げる策を講じたが、「監督から真ん中に残ってくれと言われた。守備のところを引き締めることしか考えていなかった」と細貝も話すように、セーフティーに行って引き分けOKという考えもどこかにあったのだろう。
それでも、主将に力強く鼓舞された選手たちは勝ちに行く姿勢を捨てず、岡崎慎司の決勝弾へとつなげる。後半44分の2点目は酒井高徳の左サイドからのクロスも、ニアサイドに飛び出した遠藤のワンタッチも、岡崎の詰める動きもすべてがうまくかみ合った一撃だった。
「失点した後も焦らず我慢して仕掛けていたから、最後にワンチャンスをモノにできた。こういう試合を勝てたのは本当に大きい。年内最後の試合を勝利で終われたんで、監督やコーチたちにもいいクリスマスを過ごしてもらえると思います」と長谷部は試合後、ちゃめっ気たっぷりに安堵(あんど)感を表した。
10月のフランス、ブラジルとの欧州2連戦の際は、所属先のボルフスブルクでベンチ外が続き、彼自身も自信を失っているように見えた。特にフランス戦ではミスが目立ち、試合後の取材対応でも独特の目力が感じられなかった。が、今回は落ち着きあるプレーと強じんなメンタリティーを前面に押し出した。10月末にクラブで最悪の状況から脱した彼にとって、オマーン戦の劇的勝利は、代表でも再浮上するいいきっかけになったに違いない。
リーグ8試合連続ベンチ外
そんな男に異変が起きたのが、今年8月初旬。かつてブンデスリーガのタイトルを共に勝ち取った恩師、フェリックス・マガト監督から開幕直前のオーストリア合宿に同行しなくていいと告げられたのだ。これは事実上の戦力外通告と見られ、彼は突如として移籍騒動に巻き込まれた。
しかし、短期間で新天地を見つけるのは極めて困難だ。8月のベネズエラ戦(札幌)の時には「移籍うんぬんの話は何も言いたくない。自分は何をやるにしてもブレることはない」とキッパリ言い切ったが、最終的に残留という最悪のシナリオを余儀なくされた。そして9月以降は一段と苦しい状況に追い込まれる。今季開幕のシュツットガルト戦からリーグ8試合連続ベンチ外というのは、常に冷静沈着な長谷部といえども、さすがに堪えたはずだ。
サッカー選手というのは、公式戦から遠ざかれば遠ざかるほど、パフォーマンスの低下は避けられない。ブンデスリーガ開幕直後だった9月11日のイラク戦(埼玉)ではフル出場したものの、「90分を何とかこなした感じ。自分の中ではやっててフィーリングの合うところも、合わないところもあった。チームが勝ったのはよかったですけど、個人的には満足できないですね」と自らに厳しい評価を下すしかなかった。
その1カ月後のフランス戦では一段と動きが悪く、ベネズエラ戦に続いて後半途中に細貝と交代。香川真司の決勝点をベンチから見守るはめになった。「自分のコンディションとかピッチ状態とかは、結局いいプレーができなければすべて言い訳になってしまう。結果を出せていないのが自分の評価。フランスには勝ったけど、世界との差が縮まった気は全然しない」とせっかくの勝利を喜ぶどころか、苦言ばかりが口をついて出た。
クラブで試合に出られない間に2カ月連続で約10日の代表合宿があったのは、彼にとっての大きな救いとなっただろうが、クラブで試合をこなせないのはやはり辛い。長谷部自身もザックジャパンでの絶対的存在から外される危機をひしひしと感じながら、いかんともしがたい状態にもがくばかりだった。