スポーツの最先端に学ぶトレーニング理論
NBAの現状と世界で活躍する日本人スタッフ

スパーズで活躍する日本人スタッフ

世界最高峰の舞台NBAでストレングスコーチとして活躍する吉田氏(左)。最先端の現場で働く日本人だ
世界最高峰の舞台NBAでストレングスコーチとして活躍する吉田氏(左)。最先端の現場で働く日本人だ【Courtesy of D. Clarke Evans NBAE/Getty Images】

「ストレングス&コンディショニング」という言葉を知っているだろうか。


 日本ではあまり耳慣れないものかもしれないが、筋力やパワー、筋持久力など運動機能に関するすべての体力要素を鍛え、パフォーマンスアップにつなげる、現在のトップアスリートには欠かせない要素である。


 このストレングス&コンディショニング(以下ストレングス)を担うのがストレングスコーチだ。とりわけ米国などのスポーツ先進国では選手やチームの成否の鍵を握る陰の存在と言ってもいいだろう。


 バスケットボールの最高峰・NBAのサンアントニオ・スパーズに、吉田修久氏という日本人のストレングスコーチがいる。もともとは自身もバスケットボール選手で、JBL時代の埼玉ブロンコスなどの選手としてプレーした経験もある同氏は、やがてユニフォームを脱ぎ米国大学バスケットボールの名門・フロリダ大学大学院に入学し、同時に同校男子バスケットボール部などで米国でのストレングスコーチとしてのキャリアをスタートさせた。


 フロリダ大学でヘッドストレングスコーチだったマット・ヒーリング氏がスパーズに移ったことに伴い、昨季途中から同軍でインターンとして働き始め、今季から晴れて彼のアシスタントとして正式なフルタイムスタッフとなった(ちなみにスパーズには山口大輔氏という日本人アスレティックトレーナーも在籍している)。

ストレングスコーチが持つ哲学

吉田氏(右)は体をより機能的、効率的に使えるよう“動き”を重視して行うトレーニングを実施している
吉田氏(右)は体をより機能的、効率的に使えるよう“動き”を重視して行うトレーニングを実施している【Courtesy of D. Clarke Evans NBAE/Getty Images】

 スポーツ大国の米国はストレングスの分野でも先をいくが、だがそれでも「これが正しい」という正解はない。吉田氏によれば、NBAや米国のトップカレッジでも例えばアメリカンフットボールの選手を鍛えるような筋量を増して体を強く、大きくするトレーニングを施すストレングスコーチもいれば、また別のフィロソフィーを持つ者もいるのだという。


 吉田氏らがスパーズで施しているのは、“ファンクショナルムーブメントトレーニング”(以下ムーブメントトレーニング)というもの。これは選手の体をより機能的、効率的に使えるよう“動き”を重視して行うトレーニングで、ひいては持っている筋肉やパワーをより効率的に発揮するというコンセプトだ。いわば、従来のストレングス手法からは一線を画した画期的なものである。

 実を言うと、スパーズではもはや「ストレングス」という言葉すら使っておらず、「アスレティックパフォーマンス」と呼んでいる(本稿では便宜的に「ストレングス」と記す)。


「ストレングス&コンディショニングというのはもともと筋力をつけることを基本として、それをベースにコンディショニングを高めていくということでその名が付いていたのですが、それだと『筋肉を鍛えてます』というイメージが強い。スパーズではそれだけではなくて、アスリートのパフォーマンスに関わるすべてにアプローチするということで“アスレティックパフォーマンス”と呼んでいるのです」

ムーブメントトレーニングの利点

 ムーブメントトレーニングの説明は容易ではないが、こんな例えならわかりやすいだろうか。ウェイトレーニングで単純に重いバーベルをゆっくり挙げるのでは獲得した筋力を効果的に使うことはできない。ある程度速く挙げることを意識しなければスピードを発揮するための筋力を失ってしまう。だが、全身での動きを交えるムーブメントトレーニングを行うことで、そうしたスピードや体全体のバランス、安定感を養うこともできる。獲得した筋力を動きの中で使えるようにし、パフォーマンス向上につなげることがムーブメントトレーニングの利点である。


 バスケットボールという競技ではとりわけこの利点が大きい。なぜなら、バスケットボールでは走る、体をぶつけ合う、ジャンプする、急激な方向転換など、他競技と比べてもかなり多様な能力を要求されるスポーツであるからだ。ゆえに従来の、とにかく筋力を多くして体を強くするといった手法では十分ではなく、体への負担が少ない上に故障のリスクを軽減できるトレーニング方法が必要となる。


 スパーズの主力はティム・ダンカンが36歳、トニー・パーカーが30歳、マヌ・ジノビリが35歳と年齢の高い選手が多い。このようなチームでは、体を強化することと同時にいかに故障を減らすかもストレングスコーチの重要な役割だ。


 吉田氏は、ムーブメントトレーニングのポイントを以下のように説明する。


「僕たちのやり方というのは、筋肉を鍛えるというよりも運動神経や自己受容器への刺激を重視、筋肉の持つ性質を生かして関節などの動きを全身で作り出すトレーニングをします。簡単に言うと、筋肉や関節など人間の体にはいろんなところにセンサーがあって、そのセンサーが動きを関知すると情報を脳にフィードバックします。そして脳は情報を受けて次の信号を出す……つまり、もともと持っている動きをもっと良い動きに書き換えるのです」


 ちなみにスパーズでは、ヒーリング氏らが来てからはムーブメントトレーニングに必要なスペースを確保するために、トレーニングルームのウェイトマシンの多くを取り除いてしまったそうだ。

永塚和志

1975年、茨城県生まれ、北海道育ち。英字紙『ジャパンタイムズ』記者で、プロ野球やバスケットボール等を担当。日本シリーズやWBC、バスケットボール世界選手権、NFL・スーパーボウルなどの取材経験がある

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