誰もがたどりつけない存在となったメッシ=個の力がシステムを上回るのか
ウルグアイが用意した意外なプラン
メッシの2ゴールなどで、宿敵ウルグアイとの一戦を制したアルゼンチン。W杯南米予選も首位をキープした 【写真:アフロ】
アルゼンチンは先日、1978年に開催されたワールドカップ(W杯)・アルゼンチン大会の会場にもなったメンドーサのスタジアムにて、ウルグアイを3−0で下した。この日手にしたW杯南米予選での勝ち点3は、アルゼンチンにおけるメッシの重要性をあらためて示した一戦だった。
近年の対戦とは異なり、ウルグアイは今回のアルゼンチン戦で意外なプランを用意してきた。オスカル・ワシントン・タバレスほど勇敢な監督が、極端にゴール前を固める守備戦術をとったのは、おそらくコロンビアに0−4で敗れ、ホームでエクアドルと1−1で引き分けた過去2戦の結果を受けてのことに違いない。豪華なアタッカー陣を擁し、ファンの後押しも受けられる相手のことを考えれば、アウエーのアルゼンチン戦では勝ち点1を得られるだけで十分に傷ついた自尊心を回復できると考えてのことだったのだろう。
ディエゴ・フォルランとルイス・スアレス、そして攻守両面の役割を課せられたエディンソン・カバーニが形成するトリデンテの攻撃力を放棄したこのプランはそれなりに有効だった。能動的な組み立てはできなかったものの、少なくともアルゼンチンの攻撃をはね返すことはできていたからだ。
だが過去の対戦とは違い、この日のアルゼンチンに焦りの色は見えなかった。遅かれ早かれメッシが現れる。そのためには前線で待つ4人のアタッカー(アンヘル・ディ・マリア、セルヒオ・アグエロ、ゴンサロ・イグアイン、メッシ)が状況を打開できるよう、ボールを保持し、後方から丁寧にゲームを組みたてれば良い。彼らには、そう考えているかのような落ち着きがあった。
構造的な問題が見られたアルゼンチン
だが、システムそのものに大きな意味はなく、フォーメーション図がスタート時の光景を写した1枚の写真となるのはよくあることだ。ウルグアイはほぼ全選手が自陣ゴール前に引きこもり、相手にボールを受け渡してカウンターを仕掛ける機会をうかがっていたが、そのチャンスが訪れることはほとんどなかった。一方のアルゼンチンもボール支配率(63パーセント)では相手を上回りながら、大きな危険を作り出すことも、ムスレラが守るゴールに近づくこともできずにいた。
ハビエル・マスチェラーノとフェルナンド・ガゴは中盤でのボール奪取、そして中盤から前線へのつなぎ役としてよく機能しているものの、アルゼンチンには相変わらずの構造的な問題が見られた。ウイングを起用せず、両サイドバック(パブロ・サバレタとマルコス・ロホ)の攻め上がりも十分ではないため、攻撃がメッシと3人のアタッカー頼みとなってしまっているのだ。しかもそのほとんどはオフサイドをとられるか、危険なエリアに侵入する前の段階で止められていた。
だが、パリ・サンジェルマンで出場機会を失っているディエゴ・ルガノの動きが鈍く、さらには彼の負傷退場によりスコッティとの交代を強いられたウルグアイの守備陣は、メッシを止めることができなかった。3−0という結果は両チームの差を表すには極端すぎるスコアだった。