日本のテニスが忘れていた興奮を呼び覚ます錦織圭の4強進出=楽天オープンテニス第5日

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「錦織はアガシやダビデンコのような選手」

錦織の好プレーに有明コロシアムも沸いた。勝利の瞬間には大きな歓声と拍手が会場を包み込んだ 【Getty Images】

 錦織はどちらかと言えばスロースターターで、コイントスに勝った時に選ぶのも男子では珍しく大抵がレシーブ。試合の流れにいきなり入るのではなく、じっくりと様子を見ながら流れに乗る試合運びを好んでいる。

 しかし、男子のテニスでレシーブを選ぶというのは、時に別の意味を持つことがある。「先にブレークしてから試合に入りたい」という攻撃的な意味だ。試合を戦う選手の組み合わせによっては、レシーブを選択することそのものが、挑発にあたると話す専門家もいるほどだが、この試合での錦織にも半分はそんな意識があったとしか思えない。

「まずはリターンをしっかりと返すこと」。ベルディヒ戦に向けて錦織が話したコメントの一部だが、錦織は試合の最初の1球目から集中力と反応を高めてベルディヒのサービスに食らいつき、ラリーでは自分の武器であるフォアを、相手のフォアにぶつける形を作り出した。さらに錦織はベルディヒに反撃されてもかわさず、真っ向勝負で押し切る覚悟を相手に見せつけることで、最初のゲームで試合の流れを自分に引き寄せた。

「自分がいいプレーをすればするほど、彼のプレーが良くなった」とベルディヒは試合後に語っている。「錦織は今の世代における、(アンドレ)アガシや(ニコライ)ダビデンコのような選手だと思う。こちらがアグレッシブに攻めていくと、それ以上に速いスピードでボールを打ち返してくるんだ。そして、相手のボールのパワーを利用するために、どんどんタイミングを早めて、ライジングで打ってくる。スピードでこっちにダメージを与えてくる選手なんだ」とベルディヒは錦織の強さについて説明した。

 試合を見ていたファンなら、ベルディヒのこの表現がオーバーなものではないと理解できるだろう。通常ではあり得ない早いテンポで、しかも、エース級のボールでラリーが成立していく様子は、グランドスラムの試合でも滅多には見られない迫力があったからだ。

 しかも、この日の錦織が見せたストロークはただのライジングではなかった。ただ早いテンポでボールを捕らえて返していくだけではなく、むしろ、早いテンポでの強打と言った方が正確だろう。

 錦織はショートバウンドに近いタイミングでもしっかりとラケットを振り続けた。ただ当てて返されただけではないボールには鋭い回転がかかり、バウンド後には跳ね上がってベルディヒのラケットを押し返し、ミスを強いた。さらに打点とリズムを自在に操って打つ能力を持つ錦織は、ベルディヒを左右に激しく振り回して、まともな体勢でのショットを許さない。

フェデラーでもナダルでもなく……

 第1セットを失った後、第2セットに入って、正面からの打ち合いを避けたのはベルディヒだった。得意の強打での勝負をあきらめ、緩急を使うことで錦織のタイミングを外そうとした。最初はうまくいきかけたが、錦織はこれにもすぐに対応してみせた。

「彼の苦手な早いタイミングでフォアに振っていった。今日は1、2回戦と違って感覚も良く、何を打っても入るという感じだったので、フォアだけでなく、バックのダウン・ザ・ラインも使って左右にしっかり振っていけるようになり、それを最後まで続けられたのが大きかった」と錦織は勝因について話している。ベルディヒとの相性の良さについては「悪くはないんでしょうね。何でいいのか分からないけど」と、とぼけてみせたが、「彼との試合では自分のパフォーマンスが上がる」という言葉に、「フラットで来る相手のボールに対して、ムーンボールやスライス、左右、早いタイミングなどでリズムを変えていけた。ストロークでは押されているところがなかったと思う」と続けた。試合前には「相手のリズムは一定なので、それを崩していければ」と話していたが、錦織はそれをほぼ完ぺきにやり遂げたということなのだろう。

 錦織の素晴らしいプレーに場内のムードは徐々にヒートアップした。おとなしく、静かだと言われる日本の大会の観客席だが、試合に対する集中力は高い。熱心なファンには評判の悪い、ミスした時のため息の大きさも、それだけ試合に入り込んでいればこその現象とも言えるのだが、この試合では試合の後半に向けて、ため息だけでなく、歓声とどよめきが起き始めていた。

 錦織が勝利を決めた瞬間のことは忘れ難い。満員とは言えないが、かなりの数で埋まったスタンドの観客たちが一斉に両手を上げ、あるいは立ち上がり、同時に歓声と拍手の大音響が包み込んだ。グランドスラムでは当たり前にある光景だが、有明コロシアムが、日本のテニスが本当に長く忘れていた興奮、それをフェデラーでもナダルでもなく、日本人の錦織が呼び覚ました。

 錦織の大会はまだ続く。彼が大会の歴史にその名を刻み、日本のテニスが本当の興奮に包み込まれるまで、あと2つ。やはり期待せずにはいられない。

<了>

文・浅岡隆太

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