闘いが生み出す友情と安らぎ「フェイシング・アリ」=「帰ってきたシネマ地獄拳」1回

しべ超二

アリ対ロン・ライル=1975年ラスベガス 【(C)MMIX NETWORK FILMS INC】

 突如開始の映画コラム「帰ってきたシネマ地獄拳」第1回は、ボクシングを超え20世紀を代表する1人となったモハメド・アリを、10人のライバルたちが語るドキュメンタリー『フェイシング・アリ』。パーキンソン病で闘病中のアリに代わり、拳を交わした男たちが語ることでアリの姿が浮き彫りとなる。多くが語られ、書かれ、映画も存在するアリだが、戦った者だけが知るその姿とは。彼らの言葉は同時に“闘い”における1つの真実を明らかにする。

■フレージャー、フォアマンらライバルが見たアリとは

 本作にはモハメド・アリを名乗る以前、カシアス・クレイ時代に戦ったヘンリー・クーパーをはじめ、アリに初の黒星を与えたジョー・フレージャー、キャリア最大の敵というべきジョージ・フォアマン、最後にアリから王座を奪ったラリー・ホームズといった、10人のライバルたちが登場する。
 彼らのインタビューと並行して回顧されるアリの人生は、オリンピックでの金メダル獲得、黒人イスラム教集団「ネーション・オブ・イスラム」への入信と合わせての改名、ベトナム戦争の徴兵拒否、それによるボクシングライセンスの停止と世界ヘビー級王座の剥奪と、まさに激動。世間とプロレスした猪木以前、そしてより以上に社会と闘ったアリの姿がそこにはある。
「どんな刑罰を受けても、自分の信仰は揺るがない。たとえ銃を突きつけられても」
 ベトナム戦争徴兵拒否に際しアリが発したこの言葉は、信念を貫き生きる姿、そのためには闘うことをいとわない姿勢を如実に表している。

多くのボクサーの人生を変えたアリ

アリ対フレイジャー第3戦=1975年フィリピン・マニラ 【(C)MMIX NETWORK FILMS INC】

 激動の日々を送ったアリ同様、時代は混迷の60〜70年代。ボクサーの多くは食うため、生きるためにリングへと向かった。まだボクシングはまぎれもなくハングリースポーツで、彼らにとって戦うことがそのまま生きることに直結していた。
「当時はみんな稼ぐためにボクシングをやっていて、この生活から抜け出すためにボクシングをやるっていうことがカッコいいなと思いました」
 本作の公開を記念したトークショーで、WBAスーパーフェザー級王者・内山高志はそんな感想を残している。
 生活を変えるためにボクシングを始め、人生を救われ、その道の途上でアリと出会った男たち。アリをタイトルに置き、彼のことが語られる本作ではあるが、同時にアリと向き合った10人のファイターたちの物語でもある。
 アリとの激闘のあと家族を見舞った悲劇とその克服を語るジョージ・シュバロ、アリと戦うことを夢に刑務所から人生を立て直していったロン・ライル、キャリア8戦目にしてアリを倒し人生最大の栄光をつかんだレオン・スピンクス。
 ボクシング史においてはアリという偉大な存在を前にバイプレーヤーとして語られてしまう彼らだが、誰もがそうであるように彼らも自身の人生の主役であり、アリとの対戦が彼らの人生にとってのハイライトとなっている。
「アリと同じリングに立てたことは私にとって名誉なことだし、人生と経歴の救済になった」(ケン・ノートン)
「彼は最強のチャンプで、私の人生を変えた男だ」(アーニー・シェーバース)

アリへの感謝と幸せへの祈り

会見するアリ。現在はパーキンソン病で闘病中 【(C)MMIX NETWORK FILMS INC】

 しかし、登場する10人のボクサーがエネルギッシュにアリを語る一方、闘病を続ける現在のアリが画面に現れることはない。すでに撮影後、ヘンリー・クーパー、ジョー・フレージャー、ロン・ライルの3人はこの世を去っており、アリの幸せを願う彼らが先に逝ってしまった事実に切なさを禁じ得ない。
 いずれもアリという天才と同時代に生きなければ、より大きな輝きをまとったであろう名ボクサーたち。だが、「1人だけ飛び抜けていたらそんなに強くなれない。同じぐらいのレベルであったり、“こいつには負けたくない”という選手がいたり、そういうのがあってこそボクシングの成長は成り立つと思う」と内山高志も語る通り、本作はライバルの存在、それが互いへもたらす相互作用について非常に示唆的だ。やはりアリという存在が周囲のボクサーを刺激し、アリ自身も逆に鼓舞され、互いに高め合っていたと見るべきなのだろう。
 極限まで闘志を高め、アリと人生を懸けた勝負を繰り広げた10人のボクサーは、時を経てアリへの感謝を語り、幸福な余生を願う。時が憎悪や怒りを和らげ、友情に通じる感情を生み出す。戦い抜いた後に残る安らぎ。
 本作に登場する10人の穏やかな表情は、全力を賭して戦い抜けばたとえ敗れてもやがてその事実が人生を祝福することを教えてくれる。

映画『フェイシング・アリ』は渋谷アップリンク、銀座テアトルシネマにて公開中のほか、全国順次公開
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

映画ライター。ペンネームは『シベリア超特急2』に由来し、生前マイク水野監督に「どんどんやってください」と認可されたため一応公認。松濤館空手8級。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント