横浜・小倉コーチの“忠告”で強さを増した聖光学院
県内では無敵を誇る聖光学院。夏の甲子園9度目の出場で初の全国優勝を目指す 【写真は共同】
県内では無敵を誇る聖光学院高だが、甲子園では08年夏、10年夏のベスト8が最高成績で、今春の選抜大会は2回戦で横浜高に1対7と完敗。「今年は総合的に見て、うちの方が上。勝てるチャンスは十分にある」と聖光学院高の斎藤智也監督は分析していたが、ふたを開けてみると、それまで抜群の安定感を誇ったエース岡野祐一郎、飯高星哉が簡単に打ち込まれ、17安打7失点。守備陣もイージーミスが続き、持っている力をまったく発揮できなかった。
横浜高とは08年夏の準々決勝(1対15)に続く戦いだったが、またも名門の前に屈した。
横浜から教わった野球の厳しさ
横浜のバッターは伝統的に、打席の中で立ち位置を変えることがある。ホームベース寄りの立ち位置から、バックステップして、わざとインコースを空ける。「インコースにくる」と読んだ時に見せる動きである。この動きを立ち上がりの1回から見せていたのだ。岡野得意のスライダーに対しても、右バッターがしっかりと踏み込んで対応していた。
ベンチにいる斎藤監督も、「おかしいな」と思っていたという。だが、試合中にはその原因を見つけられず、そのまま敗れ去った。
試合後、横浜高の名参謀・小倉清一郎コーチは、以前から親交のある聖光学院高の横山博英部長に声をかけた。
「敵に球種を教えるような甘い野球をしていたら日本一になれないぞ。自分のチームの分析をしっかりやったほうがいい」
聖光学院は、球種やコースによって野手がポジショニングを変える。ばれないようにやっているつもりだった……だが、百戦錬磨の小倉コーチにとっては、簡単に分かることだった。
「あの負けの理由が分かったことで、何か新しい世界観が見えたのも事実です。日本一になるきっかけをいただけたと感じています」
地元に戻ったあと、選抜大会準々決勝から決勝を部員と共にテレビで観戦した。選手の手元にはノート。「苦手なコースはどこか。全てを暴け。そして、このノートを持って、夏の甲子園に乗り込もう!」。すでにその目は夏の甲子園に向けられていた。