小原、苦難を乗り越えつかんだ真の女王の座=レスリング

田中夕子

数々の苦難を乗り越えて、迎えた夢の舞台。小原(左から2番目)は、一番輝くメダルを手にした 【Getty Images】

 第1ピリオドを取られても、焦らず、冷静に。自らのチャンスが来るまで我慢して、諦めずに、最後まで戦い抜く。
 
 やっと、この場にたどり着いたのだから。
 
 決して大げさではなく、8日(現地時間)に行われたロンドン五輪の女子レスリング48キロ級決勝戦は、小原日登美(自衛隊)のすべてを懸けた戦いだった。

五輪での女子レスリング種目採用も、51キロ級は含まれず

 2004年のアテネ五輪から、女子レスリングが競技種目として正式採用されることが01年に決まった。日本女子レスラーとして、初の金メダルの最有力候補として期待を集めたのが、00年(ブルガリア)、01年(イラン)と51キロ級で世界選手権を連覇し、国際レスリング連盟から「ベストレスラー」にも選ばれた絶対王者、坂本(小原の旧姓)日登美だった。
 
 しかし、実施階級は4つ。
 世界選手権で実施される7階級のうち、五輪種目として採用されたのは48、55、63、72キロのみ。小原が専門とする51キロ級はその中に含まれていなかった。

 夢の五輪に向け、小原が最初に選んだのは48キロ級。減量も伴うが、小柄な小原が筋力アップを図るより、勝機があると見込んでのこと。だが、そこには妹の真喜子がいた。
「お願いだから、姉妹対決なんてしないで。日登美と真喜子が戦う姿なんて見たくない」
 両親の反対に逆らってまで、貫くことはできない。仕方ない、と自らに言い聞かせながら48キロ級での挑戦を断念。55キロ級に挑むことを決めた小原は、02年1月、若手の有望株として台頭してきた吉田沙保里(ALSOK)、山本聖子(ジャパンビレッジ)らライバルとの戦いを制し、五輪を万全な状態で迎えるために、痛めていた左膝の手術を敢行する。

手術、自暴自棄、引退…遠のく五輪という夢舞台

 だが、術後の経過が芳しくなく、リハビリに費やす時間が予定をはるかに上回る。少しずつ動けるようになっても、感覚が戻らず、術後の復帰戦となった02年の全日本選手権では、それまで敗れたことのなかった吉田に完敗を喫した。
「自分はこんなに弱くなってしまったんだ、とショックでした。どうして手術なんてしてしまったんだろう、と毎日毎日、自分のことを責めていました」

 皮肉なことに、48キロ級で妹の真喜子が日本選手権初優勝を遂げたのも同年。ぶつけようのない思いが、小原を苦しめた。
「あの時もしも、親に『やめてくれ』と言われなければ、勝ったのは自分だったかもしれない。思っても仕方がないとわかっていても、どうにもなりませんでした」

 誰とも話したくない。誰とも会いたくない。当時在籍していた中京女子大を離れ、八戸の実家に引きこもる日々が続いた。うつ状態になり、過食症を患った。気づけば体重は74キロまで増えていた。
 何度メールや電話をしても返信はない。自暴自棄のまま、食べるだけの日々を過ごしていた小原を、再びマットへと引き戻したのが、妹だった。
「日登美の分も自分が戦うから。一緒にオリンピックを目指してほしい。近くで支えてくれないかな」

 五輪出場は、自分だけの夢じゃない。自分ばかりが苦しいと思っていたけれど、妹も、同じように苦しんでいたのではないか。伊調千春(現・八戸西高教諭)と熾烈な代表争いを繰り広げる妹の願いが、レスリングから離れようとしていた小原を突き動かした。
 セコンドとして妹のサポートに回るも、アテネ五輪への出場は果たせず。直後に自身も復帰し、北京五輪には55キロ級で挑戦するが、またも、吉田の壁に阻まれる。
「幸せな現役生活だったから、悔いはない。自分は、つくづくオリンピックに縁がなかったんだな、と思うしかありませんでした」
 08年、引退を決意した。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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