“求道者”山県が大舞台で残した足跡=陸上男子100メートル
自己ベストで日本人五輪最高の10秒07をマーク
男子100メートルで予選を突破し、準決勝に進出した山県。準決勝は第3組の6位で決勝には進めず。写真右はタイソン・ゲイ 【Getty Images】
今季、代表入りしたばかりの20歳、山県亮太(慶大)が、男子100メートルの予選で出した自己記録10秒07は日本人五輪最高。1996年アトランタ五輪の朝原宣治と2008年北京五輪の塚原直貴の10秒16を追い越してしまった。
男子短距離は、北京五輪での400メートルリレー銅メダル獲得以降、朝原宣治さんをはじめ、高平慎士(富士通)以外のメンバーが引退か代表から遠ざかる中で、どうにも足踏み状態が続いている。伊東浩司さんが作った100メートルの日本記録10秒00は9秒台を目前にして、もう14年近くも破られずにいる。そこへ登場したのが、山県の快走だったわけだ。
慶大の先輩である男子800メートル初出場の横田真人(富士通)は予選敗退後、「山県のことは今までいじっていたけど、今日、選手村に帰ったら、肩の1つでも揉んで、これから『山県さん』と呼びます」と、笑いとともに後輩の活躍に敬意を払っていた。
準決勝では悲願の9秒台突入へ、期待感が俄然高まった。結果は10秒10で届かなかったが、注目すべきは、その走りの内容だ。
流したとはいえ、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)を上回る全体7位で進出した準決勝の晴れ舞台は、堂々の中央5レーン。幸か不幸か、ボルトを負かす可能性のあったヨハン・ブレーク(ジャマイカ)と元世界王者タイソン・ゲイ(米国)に両サイドを固められる何とも恐ろしげなレーン割になった。相手は屈強な黒人選手。特に100メートルという繊細な種目の場合、初めての世界大会に臨む若手なら、普通は自分のペースを保てなくなるのがオチだ。
ところがどっこい、山県は違った。得意のスタートを決めると、序盤から中盤へかけて重心が流れるように移動していく走りが乱れない。ブレークとゲイに囲まれるようになってさえも。さすがにそれ以降、この2人には追いていかれ、結局6位となったが、残りの選手とはほとんどスピード感に差はなかった。
予選の走りはもっと良かった。中盤での伸びは滑らかにグングン来る加速感があった。「最初の30メートル〜40メートルはガツガツ行き過ぎず、丁寧に体重を乗せるような走りをして、そこから中盤にかけてスピードに乗って切り換えるレースプランがありました。ラストでちょっとだけばらついたのですが、それ以外はいいレースだったと思います」と手応えを口にした。
「自分の走りを焦らずにできるかがテーマ」
「ブレークとゲイに挟まれて準決勝を走ると聞いてから、ちょっとびっくりしたんですけど、本当にまたとない機会なので、しかも緊張して当たり前の場面で、どれだけ自分の走りを焦らずにできるかがテーマだと思っていました」
思い描くプランを実現するには、人間性を磨かなければならないと、とことん考えているのだ。
広島の名門、修道高を卒業して上京したころ、「自分はまだまだ子供」と自覚していた山県は、信頼の置ける人に奨められた空手道場に月1回ほど通い、人格形成の道を模索して来た。そのおかげで、今春には「去年と走りの状態も違う。僕自身の考え方とかいろいろ違う。今年は変われたので調子がいいです。例えば2月のオーストラリア合宿では、人に頼っていた自分を見つめ直すきっかけになりました」と明るい表情で話したものだ。
この1年半、山県と話をしていて、普通の20歳とはちょっと違う意識の高さを感じて来た。いずれ何かやってくれそうな言葉の強さがあった。1年前に語った「自分の好きなことに関しては、どこまでも行ける気がするんです」という言葉には、一種の凄みが感じられていた。
こうして、五輪の最初の足跡を残した今、「ラスト、少し前に出たいという欲がレースに表れてしまったのが課題だし、そこが表れてしまったというのが、決勝の舞台で戦う人間にはまだなれていないということだと思っています。ラストをどう走れるかを今後の自分のテーマにしながら、理想のレースを忠実に意識しながら、今後の競技人生につなげて行きたいと思います」との言葉が示す、次なる一歩がどんなものになるのか、ますます楽しみになってきた。
<了>
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