日本サッカーの進化をけん引した絶対的キャプテン=元日本代表・宮本恒靖に託された次なる仕事
挫折となった06年W杯での惨敗
試合終了後には息子の恒凛君から花束を渡される場面も。今後はFIFAマスターへ進学する 【写真は共同】
「クロアチア代表でキャプテンをやってたニコ・コバチなんかを見てると、すべてをひっくるめて1つの方向へ持っていく強引さ、キャプテンシーがあった。自分はみんなに『頑張れよ』と言ってチームをまとめようとしてたけど、それだけじゃ足りなかったのかもしれない。僕も含めて、みんな思ってることを言わなすぎたのかな……。もっと『言う文化』にならないといけないですよね」
宮本はオーストリアに渡り、あらためてキャプテンのあり方を再考したという。だからこそ、09年に移籍した神戸で出場機会が減っても、決して腐らずに努力し続けた。それが、チームを統率する立場の人間が取るべき姿勢だという信念が、宮本にはあったのだろう。「ツネは練習中から厳しく、つねにプロフェッショナルだった。手を抜いたプレーが一瞬たりともなかったんで、ホントに見習う部分が多かった」とユース代表時代から彼を知る神戸の同僚・吉田孝行も神妙な面持ちで話していた。ピッチにいてもいなくても、その影響力はやはり絶大だったのだ。
新たなキャリアを踏み出すためのFIFAマスター
そんな時、浮上したのがFIFA(国際サッカー連盟)マスターへの進学だった。宮本のマネジメントを担うFIFA公式代理人・大野祐介氏が日本サッカー協会幹部から「元選手はみんな指導者になるけど、クラブマネジメントの方に進む人がいない。FIFAマスターで勉強するのもありじゃないか」と案をもらったことが、決断に至るきっかけとなる。
FIFAマスターとは、スポーツに関する組織論、歴史、哲学、法律についての国際修士。同志社大時代に経済学を学んでいた宮本にしてみれば、極めて興味深い内容だった。10カ月の間に英国、イタリア、スイスにある3つの大学を回って勉強するというカリキュラムも国際派の琴線(きんせん)に触れた。国内での指導者への転身、大学への復学などの話もあったが、すべての選択肢の中で最も魅力的に映ったのが、このFIFAマスター入学だったのだ。
「そこへ行けば、ビジネス的なバックグラウンドを持った人間たちと交流できる。自分はサッカーの現場に近いところはよく知っているけど、それ以外はあまり知らない。1年という短い期間だけど、未知なることを吸収して、その後に何が見えてくるかがすごく楽しみ」
そう本人もうれしそうに語る。そこから指導者を選ぶか、サッカー界全体をマネジメントする道に進むかは、まだ分からない。が、彼らしい形で日本サッカー界に貢献していきたいという考えは非常に強い。
仲間たちが期待する宮本のセカンドキャリアとは?
引退試合のセレモニーでも、宮本はそんな力強いメッセージを多くのファンに送った。「ただ泣いて終わらせるんじゃなくて、何かを伝える場にしたかった」と発言するあたりが、何事にも真摯(しんし)な姿勢でぶつかっていく彼らしい。そんな宮本なら、この先も日本サッカーに大きな影響を与え続けてくれるはずだ。
宮本を送り出す現役選手の間からも、そんな期待の声が相次いだ。小笠原満男(鹿島アントラーズ)もその1人。
「指導者になるなら、規格外なことをやってほしい。ツネさんはすべてパーフェクトなリーダーだし、あの人間性は誰もまねできない。指導者になるにしても、今までにないようなサッカー観や表現方法で、マニュアル化された現状をぶち壊してくれると思う。新しく斬新な方向性を作ってほしいですね」
協会に入って、サッカー界全体を導いてほしいという意見も少なくなかった。G大阪時代に苦楽を共にした橋本はこう語る。
「ツネ君は監督よりも、協会とかでもっと大きな視点からサッカー界を見た方がいい。監督だと1チームの選手しか関われないけど、協会なら全体的な部分で大きな渦を起こせる。僕らに近い世代の人がサッカー界の流れを変えていってくれれば、すごく面白くなる。FIFAマスターに行った人はほかにいないし、先輩がいない分、やりやすさもあると思う。僕らもぜひ協力したい」
一方、播戸竜二(セレッソ大阪)に至っては「日本サッカー協会のキャプテン(会長)になるのはあの人しかおらん」とキッパリ言い切った。その意見に賛同する者は少なくないだろう。
絶対的キャプテン・宮本恒靖は、そんな仲間たちの熱い要望にどう応えてくれるのか。彼が日本サッカーを背負って立つ日が訪れるのを、今から楽しみに待ちたい。
<了>