オランダ代表にファン・ハール監督が必要な理由=スター軍団に求められる絶対的カリスマ

中田徹

ロッベンがファン・マルワイクに「黙ってろ!」と暴言

オランダ代表の新指揮官は、10年ぶりの復帰となるファン・ハール監督(写真)に決定。ユーロで惨敗したチームを立て直せるか 【Getty Images】

 ユーロ(欧州選手権)2012の試合会場の1つ、ウクライナのハルキフの記者席はピッチと非常に近かった。中でもポルトガル戦のオランダ人記者たちは、オランダ代表ベンチの真後ろに席をあてがわれた。

 前半、スコアは1−1だった。オランダがベスト8に進出するには、最低あと2点が必要だった。焦るオランダはアタッカー陣が前へ急ぎすぎ、守備陣と前後に分断された。今大会のスペインが35メートルのコンパクトを保ったのに対し、オランダは50〜60メートルもの距離があった。

 もちろんファン・マルワイク監督は修正を図った。そこで「アリヤン! アリヤン! 戻れ! 戻るんだ」とロッベンに対して叫び続けた。その直後、オランダ人記者たちは自分の耳を疑った。
「ロッベンが今、『黙ってろ!』と監督に言い返したよな!?」

 大会前からチームの雰囲気は悪かったと言われている。2年前、ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会では、勝ち進んだことでカモフラージュされたが、ファン・マルワイク監督のレギュラーと控えのヒエラルキーをハッキリさせるさい配は、チーム内に大きなフラストレーションを生んだ。グループリーグ3連敗で散ったオランダだったが、チームが拠点としたクラクフでのギスギスした生活が終わるとあって、「これでオランダへ戻れる」と内心ホッとした選手もいたという。

 その後、ワルシャワで準決勝のイタリア対ドイツを観戦しに行くと、隣に座ったオランダ人記者が「次の監督は絶対ルイス・ファン・ハールだ!」と熱く語った。
「今のオランダ代表には“グル”(尊師)のような存在が必要なんだ。ファン・ハールこそ、グルに適任だ」

“セカンドチャンス”はリベンジの機会

 ピッチの上はウソをつかない。ファン・マルワイク監督はチーム内の求心力を失っていた。かつて、「クラブ内で出場機会のないものは、オランダ代表でレギュラーになれない」と言っていたのに、今回のユーロではひざの重傷でシーズンを棒に振ったアフェライがレギュラー格だった。デンマーク戦では、明らかに調子が悪いファン・ボメルをピッチに置き続けた。こうしたことの積み重ねが、選手たちをしらけさせた。オランダはピッチの上でなく、ピッチの外でもコントロールを失った。

 だから、オランダ人記者は、今度はファン・ハールが必要だと主張したのである。スナイデル、ファン・ペルシ、ロッベン、ファン・デル・ファールト、フンテラール、ナイジェル・デ・ヨングといった個性溢れるスター軍団の上に立つ、絶対的なカリスマとして、ファン・ハールならきっとオランダ代表を立て直してくれるに違いないと。

 早々にロナルド・クーマン(フェイエノールト監督)がオランダ代表の監督にはならないと明言した後、オランダではファン・ハールを推す声が増していった。思うところは、ワルシャワで会ったオランダ人記者と同じだったのだろう。

 7月6日、ファン・ハールは10年ぶりにオランダ代表監督となった。「Tweede Kans」。オランダの複数紙がこう見出しを打った。意味は「セカンドチャンス」。10年前、オランダ代表はポルトガルとアイルランドに敗れ、W杯・日韓大会出場に失敗。ファン・ハールのキャリアにも傷がついた。

 それから短期間、バルセロナに戻って指揮を執ったが、やはり失敗。失意のファン・ハールは現場から去ることを決心し、アヤックスのテクニカルディレクターとしてフロントに回ったが、当時のロナルド・クーマン監督と衝突し、チームを追われた。

 浪人した後、再び現場復帰の意欲を燃やしたファン・ハールは、AZの監督としてチームをエールディビジ(オランダ1部)の優勝に導くと、バイエルン・ミュンヘンに移籍。就任1年目こそ国内2冠とチャンピオンズリーグ準優勝という成功を収めたが、2年目は不振で、シーズン途中に解雇された。

 AZとバイエルンで若手を成長させながら結果を残したファン・ハールは、オランダ国内での信頼を回復した。ファン・ハールの“セカンドチャンス”は、彼自身にとってもユーロで大失敗したオランダ代表にとっても、リベンジの機会である。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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