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ウクライナ人を虜にしたオランダサポーター
中田徹のユーロ通信

最後まで勇敢に戦ったスウェーデン

5キロに渡るオランダサポーターとハルキフ市民の大行進。グループリーグのハイライトシーンのひとつだ
5キロに渡るオランダサポーターとハルキフ市民の大行進。グループリーグのハイライトシーンのひとつだ【中田徹】

 スウェーデンの炎のタックルが炸裂(さくれつ)し続けた。1点を追うフランスは60分からナスリ、ベンゼマ、リベリ、エムビラ、メクセス、メネズ、ジルーが相手ゴール前に迫ったが、スウェーデンのディフェンス陣は体を張った守備でこれを死守。終了目前にだめ押しのゴールを決め、2−0のアップセットを演じた。


 しかし、グループリーグ突破を決めたのは敗れたフランスだった。開幕から2連敗したことが響き、スウェーデンはすでに帰国が決まっていた。彼らにとってフランス戦は消化試合だったのである。それでもスウェーデンはチームもサポーターも士気は高かった。


 70分ぐらいだっただろうか、味方がフランスの猛攻を受けている中、サポーターたちが国歌を朗々と歌いだした。ピッチの方を振り向くことが許されない警備員が、その迫力に目を丸くしながら観客席を見入っていたのが印象的だった。


 1勝2敗。スウェーデンにとっては不本意な結果だった。アタッカー陣の駒こそ豊富だったが、ローゼンベリ、トイボネン、エルマンデル、バジラミ、ラスムス・エルムらの起用法にハムレム監督も悩み、固定されたのはイブラヒモビッチ、ラーションのみ。フランス戦の後半、ビルヘルムソンがハマったことでようやく形ができたが、あまりに遅すぎた。


 それでもスウェーデンは何か晴ればれとしたものをキエフに残した。最後、サポーターたちに一目散にあいさつに行き、ユニホームを投げ込んだイブラヒモビッチのスッキリした表情は忘れられない。


 今回は病気で出場を断念したものの、スウェーデンには19歳のグイデッティという素晴らしいタレントがいる。2年後のW杯で、彼らの攻撃サッカーの集大成を見てみたいものだ。

ふがいないチームとは対照的に……

 こうしてウクライナでのグループリーグ観戦の日々は終わった。一番忘れられないのは、ハルキフのオランダ対ポルトガルの試合前。キックオフ2時間半前にホテルを出ると、沿道をハルキフ市民が埋めていた。どう見てもチームバスが通るルートではなかったのだが、彼らは誰かを待っていたのである。


 それはオランダサポーター。この12日間、オレンジ色に町を染めたオランイェサポーターたちはハルキフ市民を虜にし、ウクライナ人までもオレンジ色のファッションに身を包むようになっていた。


 グループリーグ最後の日、ファンゾーンからメタリスト・スタジアムまでの約5キロ。この道のりをオランダサポーターが進んでいき、ハルキフ市民がそれにどんどん加わり大パレードになった。アパートの窓から身を乗り出し手を振る者。白衣姿で同僚と見学する薬剤師たち。オランダ国歌を延々と大音量で流す太ったおやじ――。彼らはみんなオランダを応援していた。


 今大会のオランダはふがいなかった。しかし、オランダサポーターは見事に大会に彩りを添えた。あのパレードを思い出すと、今でも鳥肌が立って来る。3度もハルキフに通った甲斐は十分あった。


<了>

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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