チェルシー戦略で危機を乗り切ったイングランド=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

何よりのカンフル剤だったホジソンの存在

イングランドをグループリーグ通過に導いたホジソン監督。危機に瀕したチームを上昇気流に乗せる手腕で右に出る者はいない 【Getty Images】

 イングランドのユーロ(欧州選手権)2012グループリーグを振り返ると、ほぼ理想的な経緯をたどって最高の成果を収めたと言えそうだ。初戦を引き分けた(対フランスならば相応の結果だった)からには、スウェーデンとの第2戦をしっかり勝ち切って、最終戦の“完全アウエーゲーム”にゆとりを持って臨むに越したことはない。そしてその通りになった。

 この一連の3試合にあぶり出されてくるのは、実力が判然としないチームや下り調子のチームをインスタントに勝ち運に乗せる実績において、おそらく右に出る者はいないと言っていいロイ・ホジソンその人の、稀有(けう)なオーラではなかろうか。

 スイス代表を驚きのワールドカップ・米国大会出場(1994年)に導いたこと、異例のインテル臨時監督就任、北欧における一連の名声、ブラックバーンやフルアム、ウェスト・ブロムをジリ貧の危機からまんまと救い出した手腕は、やはり伊達ではなかった。

 つまり、今ユーロ開幕へわずか1カ月余りの土壇場でFA(イングランドサッカー協会)が指名するに当たっては、結局彼をおいて他にいなかったということになる。ホジソンの存在そのものが、何よりのカンフル剤だったというわけだ。

 その“伝説”をひとまず締めくくるためのウクライナ戦の戦い方は、明らかに「バルセロナのリズムを乱し、バイエルンを際どくねじ伏せた」チェルシーのそれだった。フランス戦終了後に、パトリス・エヴラがいみじくも指摘した「イングランド=チェルシー」の再現である。だとすると、ここでデジャヴに似た奇妙な感慨を持ってしまう。

 フランスと引き分け(1−1)、スウェーデンとの死闘(3−2)を切り抜けて、ウクライナに守り勝った(1−0)経緯は、チェルシーがバルセロナに勝った後、マンチェスター・シティーがQPR戦で死地を乗り越え、再びチェルシーがバイエルンをぎりぎりで下した流れと、奇妙にリンクして見えてくるのだ。考え過ぎ……もちろん、言われるまでもない。しかし、エヴラが直感したくらいだから、ほぼ同じタイミングで就任したホジソンが、劇的に過ぎる「チェルシー〜マン・シティー〜チェルシー」の成功に、無意識にでもインスパイアされたのではないかと夢想しても別に罰は当たるまい。そう思わせるものがホジソンにはあるということだ。

「使命コード:チェルシー大作戦」

 さて、そんな観点からウクライナ戦を振り返ると―――。

 のっけから先行きの見えにくい、不確かな予感がピッチを支配する。目玉のアンドリー・シェフチェンコはベンチウォーマー、もう一人の主役、ウェイン・ルーニーはなぜか、これから代表デビュー戦に臨む10代の少年のように、一人ピンク色に顔を上気させ、緊張の殻に閉じこもっているように見える。

 果たして、ゲームが始まっても、いつものルーニーとは大違いだった。当惑した表情、がつがつボールを追うでもなく、競り合う瞬間の出足も一歩遅く、あきらめが早いような気がする。

 直感した。これはホジソンに“言い含められた”せいではなかろうか。「とにかく冷静に。無理をするな。ゴールを狙うことだけにこだわれ。チームメイトを信じろ!」

 そのチームメイトたちも、おおむね冷静、控えめで、自らに何かを戒めているかのごとく、出過ぎたプレーに走らない。スタートから火の出るようなフォアチェックを仕掛けてきたウクライナとの対比は歴然としていた。つまりは“使命コード:チェルシー大作戦”?!

 例えば、シェフチェンコの不在で守りきれる自信が増幅されていたのかもしれないとも考えられるが、しょせんは傍観者の他愛ない思い込み、結果論にすぎないだろう。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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