“偽”と“本物”の使い分けに見る、デル・ボスケの算段=『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』ユーロ2012版
完ぺきに平等な監督の計算
トーレスと交代して入ったセスク(左)も意地のゴールを決めた 【Getty Images】
74分、お役御免のトーレスに代わって入り、4点目をマークしたのはセスクだった。先発落ちでプライドが傷ついたのだろう、怒りの表情でゴールを祝った。イタリア戦でセスクがトーレスと交代したのも74分。2人ともちょうど90分間プレーし2ゴールずつを決めた。デル・ボスケの方程式はパーフェクトな結果を出した。
そんな指揮官の計算とは無関係の選手たちは、グループステージ突破が見えてきてリラックスした時間を過ごした。一部屋を占める巨大なラジコンのレーシングゲームが新たなブームになり、子供のような叫び声が聞こえる。“伝統行事”の“ポチャ”(賭けトランプ)の名手カシージャス、レイナ、ピケ、ジョレンテは、遊び仲間のビジャ不在を悲しく思っている。
(レポート/ミゲル・アンヘル・ディアス、翻訳/木村浩嗣)
“温厚な好々爺”の仮面の下にある、戦術家で強情なキャラクター
「スペインの中盤は頑張ってはいたが、CF抜きでは不毛だった」(モリーニョ)、「トーレスとナバスが後半入って、ナバスが右で(ジョルディ・)アルバも左で開いたことでスペースが生まれ、マークもできてイタリア守備陣を混乱させた」(アラゴネス)など、偽CFの起用は、激しい非難の声にさらされた。イタリア戦で同点ゴールを決めたのに、セスクはまるで自分が不要だと、言われているように感じていたのかもしれない。
ファンとメディアの第一希望はトーレス。アイルランド戦でのトーレス先発は、そんな世論に屈したかのような印象を与えたが、実はそうではなかった。第1戦と同じ74分、トーレスの代わりに入ったのは、同じCFのネグレドやジョレンテではなくセスク。これは“ゼロトップを捨てたわけではない”という、強烈なアピールだった。その監督のメッセージに、志を同じくするセスクが、2試合連続のゴールという形で見事に応えたのだ。
ミゲル・アンヘルによると、“好々爺で、戦術に疎い”(03年「戦術的に時代遅れ」という理由で、レアル・マドリーは彼のクビを切った)という印象のあるデル・ボスケだが、実は真の顔は正反対らしい。頑固で性格が強く、戦術的な駆け引きを好むという。
考えてみれば、世間の顔色をうかがうお人好しに代表監督が務まるわけがない。驚きのセスク大抜擢(ばってき)、一転クールにトーレス先発、同じ時間に両者を入れ替え各々2ゴール、決勝トーナメント進出に王手(※その後、最終節のクロアチア戦に勝利し、グループ首位で進出を決めている)と、ここまではまったくデル・ボスケの計算通りに、事が運んでいるように見える。
文/木村浩嗣
<続く>
『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』(ソル・メディア)
『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』ミゲル・アンヘル・ディアス著、木村浩嗣訳 定価:本体1,680円(税込)/ソル・メディア 【ソル・メディア】
スペイン代表と親交の深い著者が長期に渡る密着取材とチームの全面協力を得て執筆。今年4月スペインで発売され、たちまちベストセラーとなった本書を海外サッカー週刊誌『footballista』編集長・木村浩嗣が翻訳。プロローグはカシージャス、エピローグはビージャが特別寄稿!