やや不完全燃焼に終わった期待の古豪対決=フランス 1−1 イングランド

木村かや子

「才能はうそをつかない」説が復活したが……

イングランドのジェラード(右)は「ポイントを勝ち取ったのはいいこと」とドローにも満足を示した 【Getty Images】

 ちなみに準備期間の終盤に、フランスはジルーやバルブエナら、当確ぎりぎりラインだった選手の奮闘が興奮をかき立てていた数カ月前の風潮から、リベリー、ベンゼマら、いわゆる主力の復調で、理論的主役たちの名誉挽回(ばんかい)の時期へと移行していた。

 リーグ終了からユーロ本戦までの3つの準備試合では、特に前述の2人がクラブでの調子と効率を取り戻して得点、アシストなどで大活躍。何より、良い連係を見せつつチームとしてプレーしたため、一時、新人の真摯(しんし)なプレーに興奮していた一般世論も、やはり「才能はうそをつかない」との考え方に逆戻りしていたのだ。

 また、年とともにスピードを落としたフローラン・マルダを、攻撃にも参加するボランチとしてリベリーの後ろのやや下がった位置につける策が功を奏し、システムも、4バック前にアンカーをひとり(エムビラかディアラ)、その前にマルダとカバイェが入る3ボランチの4−3−3にほぼ定着していた。

 しかし準備試合の相手が弱かっただけに、安心するのは早いと疑念の目を向ける者もいた。重要な試合で違いを見せるべきベンゼマのような選手が、対イングランド戦で状況を打開できなかったのを見ると、このような警戒心もあながち的外れではない。

 反対に、フランスが誇る「才能」の中で唯一、大会前に調子が上がらず、批判されがちだったナスリが、このイングランド戦でチームを救ったというのも、また意味深だった。同点ゴールを決めたあと、ナスリは喜びを過剰に爆発させることなく指を唇に当て、「口を慎め」とつぶやいている。これは本戦前に、手のひらを返したようにベンゼマ、リベリーをたたえる一方で、自分を厳しく批判したメディアに向けられたジェスチャーだった、と受け取られている。ナスリが重要な試合で結果を出す器量を再証明して見せたことは、このイングランド戦がもたらした、唯一の確かな吉報だった。

 また上記の準備試合では、故障から戻ったばかりのフィリップ・メクセス、集中力に波のあるアディル・ラミのCBペアが弱さを露呈し、フランスの弱点はディフェンスである、というのが、現在フランス内外の専門家の共通した意見となっている。この日も、やや危ない場面は何度かあったが、これが現フランスのベストペア。それだけに、彼らに信頼を授け、メクセスの復調を待つしかないだろう。

イングランドは「この結果に満足」

 一方、がっちり守ってカウンターというポリシーを貫いたイングランドにとっては、この結果は悪くないものだったはずだ。イングランドらしい勇敢な攻めはなかったものの、グループ戦を何とかしのげば、ルーニーが戻って攻撃面を照らしてくれるはず、という期待もある。実際、ジェラードは試合後「フランスがわれわれにやったのと同じくらい、僕らもフランスを苦しめていた。今日のプレーには満足している。今日勝とうが負けようが、これは単なる出発点にすぎない。ポイントを勝ち取ったのはいいことだ」と笑顔で話している。

 この試合でイングランド監督のロイ・ホジソンは18歳のアレックス・チェンバレンを起用。序盤にいい戦いぶりを見せ、次第に影を潜めたこのホープは、大舞台にはまだ若すぎる印象を残したものの、大きな将来性を感じさせた。序盤にミルナーへのパスでチャンスを作ったアシュリー・ヤングに関しては、その力をより発揮させるため、ポジションを見直すべきという声が上がっている。

 というわけで、フランス側としては小さな後悔が残り、観客にとってはやや盛り上がりに欠ける試合となってしまったフランス対イングランドだが、出だしからエンジン全開のチームが勝つとは限らないのが大舞台の常。幸先いい兆候もあっただけに、まだ滑り出しである現時点では、成り行きを静観するのが賢明だろう。

 もっとも、スウェーデンとウクライナが、この日の牙のないライオン――イングランドよりも倒しやすい相手だと考えるのは、間違いである気がする。グループを勝ち上がり、あわよくばその先を狙わんとするなら、ブラン監督をはじめとするフランスは、必要とあらばよりリスクを犯す勇気を持ち、より貪欲(どんよく)に勝利を追い、より決然と戦いに飛び込んでいく必要があると思うのだ。

<了>

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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