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前後分断のサッカーに陥ったオレンジ軍団
オランダ 0−1 デンマーク

失点を境にサッカーの質が下がる

失点後、ファン・ペルシ(右)とロッベン(左)は、ゴールばかりを狙うようになり、シュートミスや判断ミスを連発した
失点後、ファン・ペルシ(右)とロッベン(左)は、ゴールばかりを狙うようになり、シュートミスや判断ミスを連発した【Getty Images】

 24分の失点を境に、オランダのサッカーの質が極端に下がった。開始3分に左サイドバックのビレムスがミドルシュートを放ってからの20分間、オランダはデンマークを押し込み続けたが、デンマークのクローン・デリにゴールを許すと4−2−3−1の前4人と、後ろ6人が別々にサッカーをする前後分断のサッカーに陥ってしまった。


 オランダのアタッカー陣が守備に参加しなくなったため、デンマークのサイドバックはオーバーラップがたやすくなった。とりわけデンマークの左サイドバック、シモン・ポウルセンの攻め上がりはロッベンをピッチの上から消す役目も果たした。


 サイドでデンマークが数的優位に立ったこともあり、オランダはセンターハーフのデヨングがつり出されてボールを奪いに行ったが、前線のプレスがないため、後手を踏む守備になってしまい、相手にボールを回された。たまらずファン・マルワイク監督がテクニカルエリアに出て、最終ラインに「上がれ、上がれ」と声を張り上げたが、まだ時間は十分あったのだからアタッカー陣が引いてコンパクトに戦うべき時間帯だった。試合後、ファン・マルワイク監督は「あまりに前線が貪欲(どんよく)に狙いすぎた。そのため各ラインにギャップが生まれた。こういうときは全体を10メートルほど下げてコンパクトにしないと」と振り返っていた。


 後半はスナイデルの出来が素晴らしく、スルーパスとクロスからファン・ペルシとロッベンにチャンスを供給し続けた。彼は守備でも奮闘した。しかし、それはチームとしての守備ではなく、目の前でボールを持った者に対する個人としての守備だった。それを象徴したのが左サイドでデンマークのロメダールにスライディングタックルをかわされたシーン。近くにいたビレムスが棒立ちだったため、タックルが無意味に終わったスナイデルは怒りを爆発させていたが、まるで勢いだけで守備をしていた。


 ファン・ペルシとロッベンは好機にシュートミスと判断ミスを連発した。とりわけこの2人は24分からプレーが変わった。キックオフから23分まではお互いにチャンスを供給し続けていたのに、失点を喫するとただひたすら自らのゴールばかりを狙い続けるようになったのだ。まさに前後分断サッカーを象徴する2人の変わりようだった。

超攻撃的布陣によって生まれたカオス

 2008年夏から4年間、ファン・マルワイク監督はセンターバックとセンターハーフの計4人による守備ブロックを軸に、チーム全体がコンパクトな守備をするサッカーを目指していたが、その前提がデンマーク戦の24分で崩れてしまった。


 ここ4年間、真剣勝負におけるオランダはほとんどビハインドを負ったことがなかった。10年ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会の準々決勝でブラジルに先制された試合でも、あまりに相手が強すぎたため、オランダはコンパクトに守ってさらなる追加点を奪われないような戦い方をせざるを得なかった。W杯の決勝戦(対スペイン、0−1)、今回のユーロ予選の最終戦(対スウェーデン戦、2−3)とオランダが負けた試合はあったものの、ビハインドを負ったときのファン・マルワイク監督のさい配は今ひとつはっきりしなかった。


 だが、今回のデンマーク戦でファン.マルワイク監督は先発したファン・ペルシ、スナイデル、ロッベンに加え、フンテラール、ファン・デル・ファールト(以上71分から)、カイト(85分から)と実に6人のアタッカー陣を並べたのである。


 この超攻撃的布陣によって、オランダにカオスが生まれた。強力アタッカー陣が前線でひしめき合い、お互いが存在を消し合った。オランダ得意の各ラインで数的優位を作るサッカーは消えた。逆にオルセン監督、シモン・ポウルセン、ジムリング、ロメダール、エリクセン、クローン・デリ、シェーネらオランダリーグ経験者が豊富にいるデンマークが、オランダの薄くなった中盤を突いてうまく逃げ切った。


 これまで4−2−3−1のほぼ一択で戦い続けてきたファン・マルワイク監督率いるオランダだったが、ユーロ初戦のデンマーク戦という絶対勝たねばいけない試合でビハインドを負い、前後分断サッカーを修正できないまま、ひたすら攻撃の頭数だけを増やして負けてしまった。この日は18歳と93日のビレムスが左サイドバックとして先発し好プレーをみせたが、それも霞んでしまうほどのショックの大きな敗戦だった。


<了>

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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