ジョコビッチ、4大大会の完全制覇なるか?=“ジョーカー”が全仏テニスで挑む偉業

内田暁

1月の全豪オープン決勝ではナダルと6時間近い死闘を演じたジョコビッチ。全仏オープンで4大大会の完全制覇に挑む 【Getty Images】

 ジョーカー・スラム――そんな言葉が、5月のパリに流布している。

 この言葉が指し示す人物は、現在の世界最強テニスプレーヤー、ノバック・ジョコビッチ(セルビア)だ。頂点に君臨する王者でありながら、周囲を笑いに包むユーモアの持ち主であり、どこかトリックスター的な破天荒さをも持つ新世代のチャンピオン。“ジョーカー”とは、そんな彼にいつからかメディアが与えたニックネームである。全仏オープン開幕の2日前、突如発表されたユニクロとのウェア契約にも、そのようなジョコビッチの気質が見て取れる。
 
 そのジョーカーが、今回のフレンチオープンで挑む大業――それは、全豪、全仏、全英、全米の4大大会すべてを、連続で優勝すること。つまりは“グランドスラム”と呼ばれるテニス界最大の栄誉であり、最難関とされる偉業である。ジョコビッチは昨年の全英、全米、そして今年1月の全豪も制しているため、今年の全仏を優勝すれば、実に43年ぶりに4大大会の完全制覇を達成することになる。だが厳密な定義では“グランドスラム”は、全豪から始まり全米に至るまでの4大会を、1年間で制する場合のみを指す。そこで、今回ジョコビッチが挑む大業には、“ジョーカー・スラム”の名が与えられたという訳だ。

立ちはだかる“赤土の王者”ナダル

ナダルの偉業の前に立ちはだかるのが“赤土の王者”ナダル 【Getty Images】

 先程、グランドスラムが成されたのは43年前と記したが、ジョコビッチ以前にも、この覇業に肉薄した選手たちは何人かいる。最も新しいところでは、昨年のラファエル・ナダル(スペイン)。1月の全豪オープンで大記録に挑戦したものの、準々決勝でケガに見舞われ涙をのむことになった。

 最も惜しいという意味では、ロジャー・フェデラー(スイス)で異論はないだろう。2006年と07年の2度にわたり全仏で大望成就に挑み、さらにはいずれも決勝まで進みながら、完全制覇にはわずか2セットだけ届かなかった。この2度の決勝で、フェデラーの夢を粉砕し赤土の上に散らしたのは、他ならぬ“赤土の王者”ナダルである。

 今大会、第1シードとして偉業達成に邁進(まいしん)するジョコビッチの前に立ちはだかる最大の難関も、第2シードにして同大会2連覇中のナダルであるのは、間違いない。全仏に先立ち行われた4つのクレー前哨戦では、マドリッドを除く3大会でナダルが優勝。しかも、唯一勝ちを逃したマドリッド大会が“ブルークレー”なる異質なコートであったことを考えると、今季のナダルはレッドクレーで無敗。そして特筆すべきは、モンテカルロとローマ大会の決勝で、ジョコビッチを下し優勝したことだ。
 ナダルがジョコビッチに対し抱いてきた苦手意識は、ことクレーコートに限っては、完全に払拭(ふっしょく)されているだろう。赤土におけるナダルの強さを誰より身をもって知るフェデラーは、「誰が何と言おうと関係ない。僕にとっては、ナダルがこの大会の優勝候補だ」と断言している。

 同時にフェデラーは、偉業に挑むその精神的重圧についても言及する。
「大会が先に進むほど、事態はより困難になる。すべてのポイント、すべての試合でプレッシャーに直面し、しかも試合後には、記録について質問され続けるのだから」その苦しみと重圧にさらされてきた者の言葉は、どこまでもリアルで重い。

ユーモアで包み隠されるジョコビッチの本心

 そのような周囲からのプレッシャーを軽減することの重要性は、ジョコビッチも当然のように自覚している。
 「4大会連続優勝については、考え過ぎないようにしている。自分にプレッシャーを掛けたくないので、いつもと同じように今大会にも挑もうとしている」
 引きも切らず押し寄せる問いに、ジョコビッチはそう応じる。だが、「意識しないように」と意識してしまう矛盾の中では、重圧から完全に逃れることなど無理な話だ。だから彼は、「確かに僕は今回、とても“ユニーク(極めてまれ)”な状況に居るよね。それが、僕が今年“ユニクロ”を着る理由なんだ」と、持ち前のユーモアで記者陣を笑わせ煙に巻く。本心は、笑いの煙幕の向こうにかすんで、見ることはかなわない。
 
 先述したように、今季のクレーシーズンでジョコビッチは、ナダルに2度までも決勝で破れている。だがその戦いぶりにも、どこか「手の内を隠しているのでは?」と思わせる不敵さが漂うのは、過去の実績ゆえだろうか。昨年は、年始から連勝街道を驀進してパリへと進軍し、結果、準決勝でフェデラーの前に力尽きた。その教訓を生かし、今年はピークを全仏の2週間に合わせているようにも見える。世論は目下、クレーで自信と威光を取り戻したナダル有利と目しているが、それすらも、もしかしたらジョコビッチが仕組んだ巧妙な目くらましかもしれない……。
 
 隠し持つは切り札か? すべては彼の描いたシナリオ通りか? あるいは、道化師に終わるのか……? 
 観衆の様々な憶測と期待、そして好奇の目を全身に受けながら、テニス界のジョーカーは“グランドスラム”の大演目を演じるべく、赤土のステージへと向かう。

<了>
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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