ソフトB・千賀が「大出世」 エースナンバーを継承=鷹詞〜たかことば〜
19歳の最速153キロ右腕
ただ、それ自体に驚きはない。千賀の今の実力からすれば順当な結果である。2年目の19歳右腕のストレートは最速153キロをマークする。スライダーやカーブなどの変化球もなかなかのキレ味だ。今季の2軍戦では4試合で1勝1敗だが、防御率1.50はウエスタン5位にランクインしている。
中日のエース・吉見との出会い
さらに1月の自主トレで大きなきっかけもつかんだ。チームの先輩である近田怜王に連れられて行った練習先で中日のエースである吉見一起やオリオールズに移籍したチェン、日本ハムの八木智哉、ソフトボールの上野由岐子といった投手たちと出会った。特に愛知県出身だったこともあり吉見には強く影響を受けた。その熱心な姿には吉見も感心して、自主トレ先を離れる際に「これを千賀に」と自身のスパイクをプレゼントした。
また、彼らを束ねて指導を行う「鴻江スポーツアカデミー」主宰の鴻江寿治氏からは体の使い方のアドバイスを受けて「今まで低めはボールが垂れていたけど、ぐんと伸びるようになった」と自慢の直球に磨きをかけた。
その甲斐もあって今春にはキャンプからオープン戦にかけて1軍で投げていたため、彼の名前を聞いたことがあるファンは多少なりともいるだろう。しかし、昨年までは、よほどの鷹党でない限り彼の存在を気に留めることはなかったはずだ。
今春のキャンプではこんな事があった。B組だった千賀がA組の紅白戦に初登板した時、ネット裏にいたホークスのスタッフたちが選手名鑑を取り出した。「アイツ『ちが』だっけ?」「4年目くらいか?」と互いが顔を見合わせる。球団スタッフは基本的に1軍選手のために動く。同じチームとはいえ、3軍の育成選手と接することなどないのである。
背番号「21」は伝統的エースナンバー
それはホークスの伝統的エースナンバーだ。昨季まで9年間つけていた和田毅のイメージが強いが、もともとは伝説的大エースである通算187勝のサブマリン右腕、杉浦忠が背負っていた事からホークス球団では大切にされてきた番号だ。工藤公康も西武からFA移籍した95年から2年間は背番号「21」でプレーしている。
それを告げられた瞬間、千賀は「うわ、マジか!?」と心の中で叫んだ。今時の若者らしい、ほほ笑ましい感想である。しかし、すぐに気を引き締め直した。
「その背番号に恥じない投手になりたい。先発で毎年2ケタ勝てる投手になりたいです」
その番号を渡したソフトバンク球団も相当な期待度である。この日行われた会見に同席した石渡茂編成部部長は「フロントの中では支配下争いはおろか、1軍レベルにあると判断した」と話した。
今季のソフトバンクは開幕ダッシュにまずまず成功したものの、期待の新外国人だったペニーやピントが早々に2軍落ちするなど、投手陣には不安定な要素を抱えている。千賀は連続日本一とリーグ3連覇への超隠し玉となる。1軍昇格の時期はまだ未定だが、24日のウエスタンリーグ、オリックス戦(ヤフードーム・10時10分開始)で背番号21のユニホームで先発マウンドに上がり、井川慶と投げ合うことになっている。
<了>
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