藤浪だけじゃない大阪桐蔭、全員で勝ち取った優勝旗=第84回選抜高校野球・総括

松倉雄太

藤浪、田端をカバーした選手が光った大阪桐蔭

5試合で40イニング、659球を投げぬいた大阪桐蔭・藤浪。注目を集める中、期待に違わぬ活躍を見せた 【写真は共同】

 第84回選抜高校野球大会決勝は、大阪桐蔭が7対4で光星学院を破り、春初優勝を果たした。
 エース藤浪晋太郎(3年)がついに優勝投手となった。5試合で40イニング、659球を投げても最後まで崩れなかったのはこれまでの悔しさを糧に成長した部分と言えるだろう。
 「最も苦しかったのは浦和学院戦」と振り返った藤浪。終盤に暴投で勝ち越しを許す最悪な流れだったが、9回に逆転したチームがその危機を救った。また先発して5イニングを1失点と試合をつくった右腕・澤田圭佑(3年)の力投も見逃せない。西谷浩一監督は、「私は澤田を控え投手だとは思っていない」と常々話しており、まさにダブルエースがしっかりしてこその大阪桐蔭だ。

 野手陣は4番の田端良基(3年)が花巻東との1回戦で死球を右手に受けて骨折し2回戦以降は出場ができなかったが、ナイン全体が田端不在の穴を埋めた。7打点を挙げた笠松悠哉(2年)、決勝で先制本塁打を放った代役4番の小池裕也(3年)らが日替わりでチームを救う姿に、田端自身が頼もしそうに見ていたのが印象的だった。

東北勢悲願の優勝は近いと感じさせた光星学院の活躍

 準優勝の光星学院は、昨夏決勝で大敗した悔しさをバネに、2度目の決勝に臨んだが、あと一歩足りなかった。ただ3番で主将の田村龍弘と4番・北條史也(ともに3年)に注目が集まる中で、周りの選手たちも一冬を超えて大きな成長を遂げた。決勝での走塁ミスなど、細かい部分の課題を改善できれば、東北勢の悲願である優勝を遂げる日は近い。

 ベスト4の健大高崎は、代名詞となった相手を精神的に混乱させる考えた機動力野球は高校野球界に大きな衝撃を与えた。準決勝の大阪桐蔭戦で同点本塁打を放った1番・竹内司(3年)が、「一発よりも自分が出塁した方が良かった」というコメントが、健大高崎の野球の根幹でもある。

 もう1校の関東一は、エース中村祐太(2年)が見事なピッチングを見せた。直球は130キロ台後半でも、相手打者を詰まらせる投球術は秀逸。4試合無失策の野手陣も2年生エースの勇気の源となったことだろう。

 今大会注目左腕、愛工大名電の濱田達郎(3年)は、光星学院にリベンジが叶わず準々決勝で姿を消した。だがスピードだけに頼るのではなく、メリハリを重視した投球は、高校生投手のお手本のようでもあった。

 21世紀枠で出場した3校はいずれも初戦敗退に終わったが、それぞれが持ち味を十分に発揮して甲子園を去った。
 女満別は、エース二階堂誠治(3年)が打たれ、九州学院に完敗。だが、攻守交代時の全力疾走など、“無駄な時間”をかけないスタイルには、称賛の声が挙がった。試合時間の1時間39分は今大会で2番目に短い。
 石巻工業は、阿部翔人主将(3年)の「感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう、日本の底力、絆を」という選手宣誓でこの大会の幕を切った。試合では、九州王者の神村学園を相手に一歩も引かない戦いぶり。主将の阿部翔も3安打と気を吐いた。
 最後の砦として登場の洲本は、鳴門相手に延長戦の激闘を演じた。

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著者プロフィール

 1980年12月5日生まれ。小学校時代はリトルリーグでプレーしていたが、中学時代からは野球観戦に没頭。極端な言い方をすれば、野球を観戦するためならば、どこへでも行ってしまう。2004年からスポーツライターとなり、野球雑誌『ホームラン』などに寄稿している。また、2005年からはABCテレビ『速報甲子園への道』のリサーチャーとしても活動中。

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