常識を覆す、高橋大輔が見せる26歳からの成長の方程式=フィギュア世界選手権・男子シングル

野口美恵

「ソチで勝つには必要」4回転への着手と成功率アップ

世界選手権で羽生(左)とともに表彰台に上った高橋 【坂本清】

「現役続行して良かった」

 2012年世界選手権(フランス・ニース)、4回転ジャンプを2本決めた高橋大輔は、ちょっと照れくさそうに言った。昨年の世界選手権では、演技中に靴が壊れるアクシデントもあり5位。思わず、ソチ五輪までの現役続行を宣言したものの、4回転ジャンプのピークと言われる年齢は20代前半だ。しかしその常識を覆す26歳での大成長。高橋がつかんだ成長の方程式は、どんなものなのだろうか。

 南フランス、コートダジュールの一角をなすリゾート地・ニース。3月末ともなると半袖の人たちがアイスを食べている姿も見られ、街にはゆるやかな空気が流れていた。それを横目に、高橋は「試合が終わったらおいしいクロワッサンを食べたい」と考えていたという。街の穏やかさが、世界選手権の会場の緊張感を際立たせていた。

 今大会での目標は「ショートとフリーで4回転を入れること」。シーズン前半のグランプリ(GP)シリーズは、4回転ジャンプ無しで戦った。演技面の点数の高さから表彰台には乗ったが、「このままではソチで戦えない」と実感。12月の全日本選手権のショートでは、公式練習では挑戦すらしていなかった「4回転トゥループ+3回転トゥループ」を成功させ、「いつか絶対やらなきゃいけない時が来るから、ここで攻めた」と勝負師の勘をみせた。しかしフリーでは4回転トゥループを転倒し、2本そろえることはできなかったのだ。

 世界選手権の公式練習。高橋は、目に見えて成長していた。まず、3回転もトリプルアクセルもまったくブレがなくウォーミングアップ程度で済ませると、練習のほとんどを4回転の練習にあてていた。その4回転も、60分の練習の後半になるほど確立が上がっていく。「失敗しても、4回転回り切ってからの転倒。成功につながるいい練習ができた」と手ごたえを感じていた。

「順位よりも価値がある」SPとフリーでの4回転成功

SPとフリーでの4回転成功は「メダルよりも、僕には価値がある」と高橋 【坂本清】

 大会5日目の3月30日、男子ショートプログラム(SP)を迎える。冒頭は「4回転トゥループ+3回転トゥループ」。「3回転+3回転」よりも自信がついてきていたこともあり組み込んだ、超大技だ。高橋は、最初の4回転を少し詰まり気味ながらもしっかりと降りると、続けて3回転を跳んだ。しかし勢いが足りず、回転不足の着氷となりバランスを崩して手を着いてしまう。

 続く演技は安定したものだった。雄大で流れのあるトリプルアクセルも、力を使わずにフワッと浮き上がるような3回転ルッツも完璧。緩急を生かしたステップは、「この曲が好きで、振付も素晴らしいので自然に動くだけ」と言い、氷に吸い付くようになめらかな動きが冴える。ショートは85.72点の3位で、トップのパトリック・チャンに約4点差、2位のミハル・ブレジナに約2点差という、好位置で折り返した。

「悔しいです。判断ミスです。4回転がちょっと詰まり気味だったので、3回転をつけるのは無理があったんですけど、ここでつけないと勝てないという気持ちもあって……。後半の3回転ルッツを連続にするか迷ったんですけど、結局判断ミスしました」

 それでも、国際大会のSPでの4回転成功には、「全日本のときは賭けが大きかったけれど、今回は行ける状態まできていたので、それでの成功は意味が違いました」と笑った。

 フリーは意地を見せた。冒頭の4回転を成功すると、最後のジャンプとなる3回転フリップまで、ほとんどミスなくまとめる。観客はステップの前に思わず立ち上がり、振付師のパスカーレ・カメレンゴは両手を挙げっぱなしで、長光歌子コーチはリンクサイドで何度も笑った。ブルースの気だるいピッチのせいもあって、激しく観客にアピールする演技というよりも、会場全体がじんわりと幸せになるような時間。フリー173.94点、総合259.66点での銀メダルで、フリーの得点は、けが前の自己ベストにあと1.9点と迫った。

「怪我をしてからのことを考えると、ショートとフリーで4回転をそろえるというのが、本当に程遠かった場所。順位よりメダルより、僕にとって価値がある」

いつになく大人びた口調でそう言ったかと思うと、「でもブルースは、最後まで100パーセントは理解できませんでしたけどね・・・」と苦笑いした。

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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