錦織「ナダルを倒すのは、難しい」 両者の差が縮まったからこそ見えた錦織の課題=ソニー・エリクソンOPテニス

内田暁

“運命”とも言えるナダルとの再戦が実現

ソニー・エリクソン・オープン4回戦でナダルにストレート負けを喫し、ベスト8進出を逃した錦織 【Getty Images】

 切望しながらも、対戦がなかなか実現しなかった憧れの選手もいれば、不思議と何度もラケットを交え、その度に世界の頂の高さを教えてくれる相手もいる。

「またこの場でナダルと試合ができるというのは、運命かとも思います」
 米フロリダ州マイアミで開催中のソニー・エリクソン・オープン、男子シングルス4回戦でラファエル・ナダル(スペイン)との対戦を控えた錦織圭(フリー)は、両者4度目の対戦を、そのように形容した。
 
 今からちょうど一年前……錦織は同大会でナダルと対戦し、4−6、4−6で敗れている。だがその一戦は、当時新たなプレースタイルを模索していた錦織に、進む道の正しさを確信させる価値ある敗戦となった。
 この試合だけではない。思えばナダルという選手は、錦織が今ある場所に至る過程で、常に転機となる機会を与えてくれる存在である。
 例えば2006年の全仏オープンでは、決勝戦を翌日に控えたナダルの練習相手を、ジュニアダブルスで優勝した錦織が務めた。
 「ものすごく緊張していた。プロのすごさも何もわからず、ナダルも名前くらいしか知らなかった。でも若いころにトップ選手の球を味わったのは、絶対に大きな意味を持ったと思う」
 その時の思い出を現在に重ね、錦織はそう回想する。

 その練習から2年後の08年。18歳にしてツアー優勝を果たし、世界中が注目する若手となった錦織は、初の対戦でナダルからセットを奪い、世界2位をして「彼は絶対にトップ10に入る」と言わしめたのだった。
 
 2度目の対戦は、一年に及ぶケガから復帰した直後の、10年のウィンブルドン。1回戦で世界1位との対戦を引き当てた錦織は、その時こそ「シード運がない」と嘆いたが、失う物のない者の強みで、持てる力をフルスロットで王者にぶつける。結果はストレート負けながらも、後に「いいプレーができて、自信になった一戦」と振り返るほどに、一つの試金石となった試合だった。

 そうして迎えた、今回の4度目の対戦。世界16位の高みまで駆け上がり、ナダルたち真のトップ選手たちの背中をもはっきりと視野に捉えた錦織は、自らのランキングの正当性を示すように16強まで勝ち残り、ベスト8進出を懸けた大一番で、ナダルとの“運命”の試合に挑んだのである。

攻めに攻め、本気で勝利を奪いにいった4度目の挑戦

 錦織がこの試合で何をし、何を求めているかは、最初のラリーで明らかだった。ベースラインから下がることなく、ナダルの高く弾むボールの跳ね際を、渾身(こんしん)のスイングでたたく。相手の様子をうかがうような“つなぐ”ボールは一球もなく、ほぼ全てのショットでウイナーを狙うようだった。試合前に語った「リスクを負って攻める」の言葉通り、鬼気迫る集中力で攻め立てる。ラケットのスイートスポットがボールを弾く快音がスタジアムに幾度か響いた後、ナダルのショットが、ベースラインを大きく割った。最初のポイントは、錦織。彼は間違いなく善戦ではなく、勝利をつかみにいった。
 
 14分もの時間を要した長い長い最初のゲームは、ナダルが5度のジュースの後に何とかキープ。だがそれでも、錦織は攻撃の手を休めない。第1セット2−1から迎えた第4ゲームでは、錦織の強烈なサービスリターンに押され、ナダルのフォアがラインを割る。
 試合開始から、既に約30分。咳払いをするのもためらわれる程の高質な攻防の中で、一歩先んじたのは、錦織の方だった。

 だが、心技体全てをぎりぎりまで張りつめた戦いの中で、先に精神の糸に緩みが生じてしまったのも、錦織の方だった。
「攻めて攻めてブレークしたので、少し迷いが出た。リードしているからこそ攻めなくてはいけないのに、守りに入ってしまった。気持の部分が大きかったと思う」
 それが錦織の、偽らざる悔恨の念だ。ブレークした直後のゲームで、錦織はダブルフォールトなどのミスもあり、ナダルのブレークバックを許す。その後は、サーブに本来の鋭さを取り戻したナダルが、自身のゲームを安定してキープ。錦織もなんとかくらいつくが、4−5からのサービスゲームをブレークされ、第1セットは71分の大熱戦の末にナダルが奪取した。

 第2セットに入ると、試合立ち上がりはほとんどミスのなかった錦織のプレーに、少しずつ簡単なエラーが目立ち始める。そのような隙を、ナダルが見逃してくれるはずもない。第2ゲームをブレークしたナダルが、勝利に向けギアを加速させる。
 それでも第9ゲームで錦織は、フォアのスライスショットやボレーなど緩急をつけた配球でナダルを振り回し、さらにはいくつかの幸運なショットにも助けられブレークに成功。結果的には、次のゲームをブレークされ敗れたが、試合終盤に見せたナダルを翻弄(ほんろう)するプレーの数々は、天賦の才である創造性に、大幅に上昇したフィジカルが融合して生み出された、2012年型錦織圭の真骨頂である。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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