コートに戻って来た高橋みゆきの現在地=女子バレー

田中夕子

2年半ぶりの復帰

競技を退いてから約2年半、トヨタ車体で高橋みゆき(右)が復帰した(写真はNEC時代のもの) 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 勝てば入れ替え戦に回る7位を回避できる可能性が残っていた。
 3月4日、愛知・豊田市総合体育館で行われたV・プレミアリーグ女子、レギュラーラウンド最終戦。「負けられない試合」を1−3で落としたトヨタ車体クインシーズの高橋みゆきは、頭からタオルをかぶり、ストレッチに長い時間を費やした。
 誰とも話をしない。その姿が、敗れた悔しさと、イメージと異なる自身のプレーに対する歯がゆさを物語っていた。

 2011年11月14日、トヨタ車体のホームページ上で突如、高橋の復帰が発表された。
 08−09年シーズンのV・プレミアリーグ以来となる競技への復帰。NECレッドロケッツ時代から全日本でも共にプレーするなど、旧知の仲である杉山祥子も「発表になる直前まで全く知らなかった」という想定外の出来事だった。「やっぱり」ではなく「どうして?」が飛び交うのも無理はない。
 高橋は燃え尽きた。
 誰もがそう思っていた。

 北京五輪を戦い終えた時、心身ともに脱力感に苛まれた。全日本の中心選手として日の丸を背負い続ける重責も、身体に蓄積される疲労もとっくにピークを越えていた。
 バレーから離れたい。
 引退ではなく休養という形で09年6月にNECを退社したが、所属事務所には「現役アスリート」として所属した。バラエティ番組を中心にテレビの仕事に携わったが、バレーボール中継の解説やゲストなど、バレーに関わるものは一切受けなかった。

 順風満帆な第二の人生。しかし、バレーから離れれば離れるほど、喉元に刺さる小骨のように、何かが引っ掛かる。
 11年9月、高橋は自身に芽生えた決意をNEC時代の師である葛和伸元にメールで告げた。
「一からバレーがしたいです」
 筋力は衰え、現役時代から体重が10キロ落ちた高橋に、葛和が「本気でやる気があるのか」と真意を問う。
「バレー以外のことはやめます」
 葛和が監督を務めるトヨタ車体の練習に合流したのは11月1日。V・プレミアリーグの開幕を、わずか1カ月後に控えた時だった。

「一からバレーと向き合い、ちゃんと終わりたかった」

「全盛期に比べたら1割にも満たない」と本人は言うが、コートに立つ喜びを感じている 【写真は共同】

 古巣のNECではなく、トヨタ車体を選んだ理由は何か。
「バレーに対して一生懸命なチーム。自分自身が中途半端にバレーを辞めたので、もう一度、一からバレーと向き合い、ちゃんと終わりたかった」

 トヨタ車体はV・プレミアリーグの中でも随一の練習量を誇り、試合中には葛和から「命を懸けろ」と檄(げき)が飛ぶ。国体予選で格下のチームに危うく敗れそうになった時は「こんなチームは廃部だ」と怒鳴られ、試合を終えたばかりだというのに、深夜まで練習する。

 生真面目で従順なチームに、高橋がどう溶け込むのか。いくら豊富な経験を持つ選手とはいえ、リーグ一の練習量を誇るチームに、2年以上もブランクがある選手が加わって戦力になるのか。
 半信半疑の中、出番は意外なほど早く巡ってきた。
 12月11日のV・プレミアリーグ開幕戦、トヨタ車体対久光製薬スプリングスの第1セット、20−20の場面で葛和は眞恵子に代えて高橋をコートへ。後衛での守備固めではあったが、Vリーグでは約2年半ぶりとなるその雄姿に、会場は沸いた。
 盛り上がる周囲をよそに、サーブレシーブやスパイクレシーブを難なくこなす。特別なことをしているわけではないが、代表選手のいないトヨタ車体のコートで、高橋が放つ存在感は圧倒的だった。

「自分では『こう動きたい』というイメージがあるけれど、身体が全然ついていかない。全盛期に比べたら2割、1割にも満たない状態です」
 言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべる。
 もう一度コートに立つ喜びと、楽しさを感じられる充実感。まさにそれこそが、高橋の求めたものだった。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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