ボカを揺るがすリケルメと監督の対立=前期リーグ優勝チームに緊急事態

正しいのはリケルメか、ファルシオーニか……

 ファルシオーニは自身が他クラブから連れてきたエルビティ、ツビタニッチ、ソモサらがリケルメを支持したこと、そして12月の会長選挙で当選したダニエル・アンヘリシ新会長が対立の仲介に入らなかったことに心を痛めた。前執行部でクラブの経理担当を務めていたアンヘリシは、2010年にリケルメとの契約を4年間延長しようとした執行部に対し、トップレベルのパフォーマンスを継続できる保証がないベテランに払う金額ではないと反対してクラブを去った人物だからだ。

 この事件の後、アンヘリシはファルシオーニと1対1で話し合いを行い、すでに辞任を決めていた彼を慰留することに成功した。そして何事もなかったかのように練習が再開され、ファルシオーニはベネズエラのロッカールームで起きた“誤解”のことを再び謝罪した。だが、チームがどのような状況にあるのかを判断するには、もうしばらく待つ必要があるだろう。

 まだボカの選手たちにファルシオーニを支持する意思があるのか、もう両者の関係が壊れてしまったのかは、すぐに分かるはずだ。しかし、ここに来てリケルメが再び問題の当事者となったことは見逃せない。リケルメがボカで問題を起こしたのはこれが初めてのことではなく、過去にはリケルメ派とマルティン・パレルモ派にチームを二分させたことがある。ビジャレアルではチリ人監督マヌエル・ペジェグリーニの信頼を失い、チームから隔離されたこともあった。アルゼンチン代表では当時チームを率いたディエゴ・マラドーナと対立したことで、2010年ワールドカップ・南アフリカ大会出場を断念している。

 リケルメは今回、ファルシオーニとの対立という問題を起こした。2人のどちらが正しかったのかは、時間が経過し、すべてが元に戻った後に分かるだろう。

<了>

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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