市船と四中工が示した守備力の重要性=第90回全国高校サッカー選手権 総括

安藤隆人

市船と四中工が決勝に進出した理由

四日市中央工は一歩及ばず敗れたが、決勝戦では両チームが激しく、緊迫したサッカーを見せた 【鷹羽康博】

 ただ、決勝戦に大きなヒントと希望の光があった。大量点が入る試合が多い中で、決勝のスコアは2−1。それも延長戦を除けば、ゴールは試合開始1分と試合終了間際の91分の1ゴールずつ。つまり90分間は0−0だったことになる。なぜ決勝はこのような試合になったのか。
「ハードワーク、高い守備意識を持ち続けることをベースとして、パスサッカーを趣向していくことが大事」(樋口監督)

「選手たち全員が『失点したくない』という強い気持ちを持っていた。これまで失点が多かったので、どこにアプローチをするか僕らと選手たちで考えて、急に市船の伝統(=堅守)を変えるのではなく、今までやってきたことを大事にしようと考えた。今日はその伝統が出た」(朝岡隆藏監督)

 市立船橋と四日市中央工。この両チームはいずれも守備が今大会トップクラスだった。市船は堅守で有名だったが、FW岩渕諒、和泉竜司、菅野将輝ら攻撃陣にタレントが多かったこともあり、就任1年目の朝岡監督は途中までは攻撃に重きを置いたサッカーを展開していた。しかし、インターハイ初戦敗退やプリンスリーグ関東の低迷を受け、原点に立ち返り、守備のテコ入れを本格的に行ったことで、今大会での彼らのサッカーは飛躍的に成熟した。

 もともとCBだった鈴木潤が左サイドバックに回り、右サイドバックには182センチの米塚雅浩が、CBには種岡岐将と小出悠太の2年生コンビが入った。このCB2人は180センチに満たない身長だが、守備意識、そして守備センスは非常に高いものがあった。
 攻撃の時も常に守備のことを考え、味方がボールを失った時のことを想定したポジショニングを取る。たとえラインを上げたところで相手に裏を取られても、半身の状態にして、常に最悪なケースを想定しているだけに、素早く追いかけて、すぐに捕まえることができる。

 決勝でも四日市中央工の鋭いカウンターに対して、素晴らしい対応力を見せた。それはこれまでのチームだったら、あっさりと抜け出されてやられていたシーンだった。
「市船は堅守でなければいけない。市船のCBを任されるということは、それだけで重みがあります」
 これは小出の言葉だ。この言葉こそ、非常に重要なメッセージであり、市船がこれまで積み上げてきた伝統でもあった。“市船のCBたるゆえん”を説明しなくても理解しているからこそ、彼らは身長が低くても、自覚と意識の高さをベースに、自分たちの持っている技術を最大限に発揮できたのだ。
 この守備陣の成長と、もともと持っていた攻撃力がかみ合い、市立船橋は頂点まで駆け上がることができた。これは夏までの彼らを知る者にとっては、予想もつかないことであった。

課題解決のヒントは決勝戦に隠されている

 四日市中央工もそうだ。得点王に輝いた浅野拓磨とそれに次ぐ6得点を挙げた田村翔太のコンビにばかり注目が集まるが、彼らの見せた組織的なプレッシングは見事だった。ディフェンスラインは全員が180センチ未満で、CBは坂圭祐が169センチ、西脇崇司が173センチと今大会の中でもかなり低い方だった。しかし、彼らはそれを全員の高い守備意識とハードワークでカバーした。

 選手たちは樋口監督が掲げる“オールコートプレス”の意識を徹底して植え付けられた。ボールホルダーに対して、必ず1人がアプローチにいく。アプローチにいったら、それに合わせて全体がスライドする。そしてそれを繰り返し、ボールを奪ったらリスク覚悟で一気に前に出ていく。今大会はそれが見事にはまった。

 ポゼッション型が多いチームに対し、素早く囲い込んでボールを奪って、攻めていくサッカーは非常に効果的だった。もちろん四日市中央工もつなぐ力を持っていた。だが、それに固執しないで、“きっちり守って、きっちり攻める”を全体が高い統一意識の下でできたからこそ、相手を次々と粉砕できた。

 この両チームの決勝戦は、今大会見た中で一番守備が締まって、局面の攻防、球際が激しかった試合だった。しかも、それを90分、プラス延長20分という長きにわたって見せてくれた。最後の最後に激しく、緊迫したサッカーを見せてくれた。

 この試合に守備力低下という課題を解消するヒントが隠されている。勘違いしてほしくないのは、決して“守ったもの勝ち”ではないということだ。より攻撃の質を高めるために、守備の意識を高める。ガチガチに引いて守るのではなくて、攻守の切り替えの早さ、ポジション取り、体の向きなどの細かい意識の重要性、個々のリスクマネジメント能力、そして1対1の強さ、ボールコントロールなどの技術。これを意識して身につけることこそが重要であるということ。それはあこがれの的であるバルセロナのサッカーの本質でもある。CBという観点で言えば、あとは185センチ以上のCBがより多く出てきてほしいのもあるが……。

 大量得点の傾向を生み出した大会によって、浮き彫りになった課題解決のヒントは、決勝戦に隠されていた。

<了>

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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