ベスト4の大分、朴監督が提唱する“フリーマンサッカー”=ストロングスタイルで日本サッカー界に一石を投じるか

江藤高志

フリーマンサッカーとは

準々決勝で市立西宮を下し、大分は県勢初のベスト4入りを決めた 【たかすつとむ】

 1回戦で10−0と歴史的な大勝を記録し、九州勢で唯一初戦を勝ち上がり、3回戦では青森山田(青森)、準々決勝では市立西宮(兵庫)を破った。大分県勢として初のベスト4入りを決めた割に、報道の扱いは小さい。そしてそれが、彼ら大分高校の置かれた立場を物語っている。
 そんな大分に関する数少ない報道の中で、興味を引くキーワードがあるとすれば“フリーマンサッカー”というものであろう。初戦を突破した試合後に、朴英雄監督自らが問わず語りに口にした言葉である。

 朴監督が語るところによると、「ボールの処理をしていない選手(フリーマン)のプレーを増やす」サッカーであるという。そして、その基本的な考え方として「相手が縦に行く時間を最大限遅らせる。相手が前にボールを運べない状況」を、人数をかけずに作るサッカーなのだという。
 この指揮官の言葉を補強するかのように、「一言でフリーマンサッカーを説明してほしい」と選手たちに尋ねると、異口同音に縦のパスコースを消すのだと話す。そして、相手の攻撃をスピードアップさせないことを主眼とするサッカーだと説明する。これは選手たちにフリーマンサッカーの概念が浸透している証拠であろう。

 守備の局面での約束事を徹底し、相手の攻撃を遅らせ、リスクを減らしてボールを奪う。その結果として攻撃の局面になると「すぐにワイドに張って、横に開かせる。うちは奪った瞬間に散る。そのスピードが速い」と朴監督は説く。パスサッカーがもてはやされる昨今のサッカー界にあって、「ポゼッションではないです」と明言するのだから潔い。
 実際、大分のサッカーはシンプルである。最終ラインがボールを奪うと、ためらうことなく最前線にパスを出す。そしてそれは足の速い選手がそろった現在のチームを生かすためのサッカーなのだという。

サッカースタイルの転換

 7年ぶりに選手権の舞台に立った大分はここ数年、選手獲得の面で苦戦してきた。大分市内には大分トリニータU−15やカティオーラFC・U−15など、優秀な選手を輩出するクラブチームがある。しかし、近年こうしたチームの主力選手は進学先として大分高校を除外してきた。厳しすぎる朴監督の指導スタイルが、最近の子供たちには合わないのである。

 10大会前に現札幌の内村圭宏らを擁し、国立への扉を開きかけながらベスト8で散った際の大分は3−3−3−1を採用。スキルフルなサッカーを展開していた。しかし、近年は「選手が集まらず、そのサッカーができなかった」(朴監督)といい、そうした状況もフリーマンサッカーへの転換を促す理由の1つとなっている。

 朴監督の試合中の指示も規格外だ。ピッチから記者席が近いNACK5で聞こえてきたのは、試合中に次々と出す指示や時に選手をあしざまにののしる声だった。今時のサッカーとは一線を画すスタイルである。しかし、話を聞いたすべての選手が「怖い」と話す朴監督に対し、その怖さを織り込みつつ、選手たちは信頼感を持っているのだという。

 1回戦でハットトリックを決めた岡部啓生は、入学当初は厳しい叱咤(しった)の声を受け、へこんだのだと振り返る。それでも今は、そうした言葉の中からサッカーに関する部分だけを抽出し、自らのプレーへのアドバイスとして受け入れているのだという。
 またキャプテンの若林喜史は「怒るだけでなく、ちゃんと教えてくれる。怒るだけでなく、褒めてくれる」からついていけるのだと話す。もちろん、的確な戦況分析に基づいた指示により状況を打開してきたことも、指揮官が信頼を勝ち得ている一因であろう。

 一例を上げると、青森山田を下した3回戦でのこと。朴監督は前半に右サイドバックの藤田優人が相手のパス回しを意識するあまり、中に絞り過ぎていたと分析。それによりサイドハーフの佐保昂兵衛がそのスペースを埋めるべくポジションを下げざるを得ず、攻め手がなかったのだと振り返る。そして、その部分を修正することで、大分は後半に持ち直すのである。サイドバックのポジショニング修正で守備の負担が減った佐保は、それによって助かったと試合を振り返り、「先生の指示が大きかったです」と語っている。朴監督の修正によりペースをつかんだ後半の大分は、57分に梶谷充斗がこの試合、両チームにとって唯一のゴールを決めて準々決勝進出を決めた。

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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