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宮市剛、真のフットボーラーへの階段
“宮市亮の弟”ではなくプレーで示したその才能

「僕は兄とは違う」

初めて高校サッカー選手権の舞台に立った宮市剛。準々決勝で敗れ去ったが、強烈なインパクトを残した
初めて高校サッカー選手権の舞台に立った宮市剛。準々決勝で敗れ去ったが、強烈なインパクトを残した【鷹羽康博】

 圧巻の一撃だった。準々決勝・四日市中央工戦、背番号19を背負った宮市剛がその才能の片りんを見せつけた。

 17分、四中工DFの不用意なボールキープに対し、相手とボールの間に体をねじ込むようにボールを奪い取ると、ワンキープをするかと思いきや、間髪入れずに右足を一閃。ボールはニアサイドのゴール左隅に突き刺さった。


 そのスピード、タイミングは見ている人たちの予想を超えていた。ボールを奪い取って、一度バランスを崩しながらも、ワンステップで体制を整え、すぐさま右足をシャープに振り抜いた。一連の動きのあまりの素早さに、GKも反応が遅れるほどのスーパーゴールだった。持ち前のボディーバランス、ボールコントロール、シュートセンス。彼の持つ能力の高さを凝縮させたものであった。


 しかし、80分間を戦い抜き、PK戦を終えると、彼は大粒の涙を流し、仲間に抱きかかえられていた。先制弾を奪った殊勲のヒーローになるはずが、その後は四中工の組織的な攻撃の前に、前線で孤立する時間が続き、決定的な仕事をできぬまま、PK戦では3人目のキッカーとして登場するも、放ったボールはバーを越えていった。


 宮市剛の初めての選手権はあまりにも無情な結末で幕を閉じた。しかし、彼の残したインパクトは強烈だった。


“宮市亮の弟”

 アーセナル所属の兄を持つ弟・剛には大会前、常にこの枕ことばがついて回った。夏まではそれほど知られた存在ではなかったが、選手権に出るとなると話は別。注目度はとてつもなく高いこの大会で、大きな話題性を持ったスターの卵を、メディアが放っておくわけはなかった。


「宮市亮の弟とは、正直言われたくはない。僕は兄とは違う」

 宮市は大会前、こう口にしていた。だが、現実はそうはいかない。宮市はどこに行っても、“宮市亮の弟”という言葉からは逃げ出せない。ならば、プレーで違いを見せつけるしかない。


「兄と比べたら速くはない。スピードがない分、高さと足元の技術でゴールを奪う選手になる。どんどんゴールを狙って、かつ味方も使える選手が理想です。周りの目はどうしてもあるけど、自信のないプレーをしたくない。この大会で“高さと足元のある宮市剛”を印象づけたい」


 固い決意を持って挑んだ選手権。初戦の作陽戦ではノーゴールに終わったが、優勝候補に挙げられていた作陽をPK戦の末に撃破。兄も越えられなかった初戦の壁をまずはクリアした。

「ドリブルとシュートは通用した」

済美戦で2ゴールを挙げた宮市(上)。中京大中京の選手権で初となるベスト8進出に大きく貢献した
済美戦で2ゴールを挙げた宮市(上)。中京大中京の選手権で初となるベスト8進出に大きく貢献した【岩本勝暁】

 そして、この意思を形に変えたのが3回戦の済美戦だった。39分にMF荒木傑大のパスを受けると、DFを鮮やかな反転で交わし、左足でゴールに突き刺した。ボールを受けるポジション、受けてからの一連の動きはなめらかで、DFをたったワンステップで振り切ってベストなシュートポイントを作りだし、ゴールに流し込んだ。さらに42分にはMF熊谷知紀のスルーパスに抜け出すと、GKとの1対1を冷静に沈め、2点目。チームも全国屈指の攻撃力を誇る済美の猛攻を退けて3−2で勝利を収め、チーム史上初のベスト8に駒を進めた。


 チームの歴史を塗り替える勝利の立役者となった宮市を、当然のように“宮市弟”として大々的にメディアは報じた。本人が嫌う枕ことばがついたが、単なる話題性だけでなく、プレーで示すことができた。


 そして、四中工戦でも宣言通りの“足元のある宮市剛”を見せつけての先制ゴール。

「あと一歩で国立だったので、すごく悔しい。ドリブルとシュートは通用したと思うけど、簡単にボールを取られ過ぎた。PKを外して、相手に決められて負けた時は、『これが現実なのか』とショックだった。……悔しいです」


 最後の最後の落とし穴で、彼の選手権は悔いの残るものになった。しかし、全国大会で示した3ゴールは、宮市の才能を披露するのに十分なコマーシャリングだった。


 宮市剛の名は多くの人たちの脳裏に刻まれた。だが、まだ“宮市亮の弟”という枕ことばは残っている。これから先、単なる話題の選手で終わらないためにも、彼はもっと“高さと足元のある宮市剛”をアピールし続けなければならない。どんな形であれ、まずは認知から始まり、そこから一人のフットボーラーとして世間に認められるために、自己研さんを続けていく。宮市剛は真のフットボーラーへの階段を一歩ずつ登り始めた。


<了>

安藤隆人

大学卒業後、5年半勤めた銀行を退職して単身上京し、フリーサッカージャーナリストに転身した異色の経歴を持つ。ユース年代に情熱を注ぎ、日本全国、世界各国を旅し、ユース年代の発展に注力する。2012年1月にこれまでのサッカージャーナリスト人生の一つの集大成と言える、『走り続ける才能たち 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)を出版。筆者自身のサッカー人生からスタートし、銀行員時代に夢と現実のはざまに苦しみながらも、そこで出会った高校1年生の本田圭佑、岡崎慎司、香川真司ら才能たちの取材、会話を通じて夢を現実に変えていく過程を書き上げた。13年12月には実話を集めた『高校サッカー 心揺さぶる11の物語』(カンゼン)を発刊。ほかにも『高校サッカー聖地物語 僕らが熱くなれる場所』(講談社)、があり、雑誌では『Number』、サッカー専門誌などに寄稿。2013年5月〜14年5月、週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!SHOOT JUMP!』を連載した。

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