バルサが貫く「シンプルなこと」=小澤一郎のバルセロナ密着記

小澤一郎

「サッカーは楽しい」

バルセロナが体現するのは「サッカーは楽しい」というシンプルなことではないか 【写真:戸村功臣/アフロスポーツ】

 メディアに携わる人間であるならば、このペップチームのサッカーのメカニズムやシステムを詳しく解説してしかるべきなのだろう。だが今回、日本のサッカーファンがバルサのプレーを自国で見ることができた機会を、机上の戦術、システム論を深めるために使うべきではないと常々考えてきた。バルサが今大会でも披露したサッカーにおける最大のエッセンスは、「サッカーは楽しい」というシンプルなことであったように思う。

 テレビ観戦した人でさえ楽しかったであろうバルサのサッカーは、スタンド観戦すればもっと楽しく、やっている選手からすればさらに楽しいものだ。だから、難しくバルサの戦術はこうだ、システムはああだということを書き綴るよりも、「サッカーというのはこれほど楽しいもの。だからこそ、サッカーを見にいきましょう、プレーしましょう」ということを伝えたい。書き手としての仕事放棄に映るかもしれないが、バルサのサッカーというのは、それが許されるほどのクオリティーに到達していると思う。

 わたしがジャーナリストとして働く目的は、1つにはサッカーを分かりやすく解説することによって、「サッカーを知ってもらうこと」にある。だが、それ以上に「サッカーって楽しい」「サッカーをやりたい」と思う人を増やすことが重要である。そのためのツールが記事であるというだけ。難しい戦術論を並べて議論することも楽しみの1つであり、そのこと自体を否定するつもりはない。だが、日本のサッカー界ではまだまだサッカーを自ら難しくしている風潮がある。何より、サッカーをする楽しみを知る層がスタジアムに足を運ばない傾向があり、これは長年残念に思ってきたことだ。

 だからこそ、会社の空き時間、通勤時間にこのコラムを読んでもらうより、究極的には「サッカーの記事なんて読んでいる暇があったらスタジアムで試合を見たい、サッカーをしたい」と思ってくれる人が増える社会を望んでいる。それで書き手としての仕事がなくなるのなら本望であるし、わたしとしては表現する場を変えればいいだけのことだ。

日本がサッカー大国の仲間入りをするために

 いまや名実共に“クラブ世界一”となったバルサのサッカーは、記事を読んで頭で理解するものでも、戦術やシステム論で解剖するものでもなく、できる限りスタジアムで見て、五感を研ぎ澄ませて感じるものだ。「サッカーは楽しむもの」――そういう楽しみ方を日本サッカー界として、日本の社会として享受できるようにならないと、日本はいつまでたってもサッカー大国、スポーツ大国にはならないだろう。その道を一歩一歩、前に進んでいるとはいえ、今回のバルサの来日が「すごかったね」という感想を伴った一過性のフィーバーで終わるのであれば、その道のりは遠いということだ。

「日本はなぜ、そんなにバルサが好きなのか?」という疑問も耳にするが、それはそれでいいと思う。バルサはそれほど魅力的なサッカーを実践し、サッカーのみならず、人生の本質を突いて見る者に訴え掛けてくるのだから。
 今回、スポーツナビで「バルセロナ密着」という大役を引き受けたのも、わたしの根底に、バルサの来日、そしてサッカーを使わせてもらいながら、スポーツの持つ魅力とスポーツをすることの価値を訴えたい、という確固たる思いがあったからだ。

 1週間あまりの密着記でバルサを少しでも近くに感じ、バルサのサッカー哲学に共感していただけたなら、皆さんの日常の場でのサッカー、そしてスポーツの時間を少しでも増やしてもらいたい。そして遠回りのように見えても、多くの日本人がスポーツの楽しみを享受するスポーツ大国になることこそ、日本がサッカー大国の仲間入りをするための一番の近道であるとも信じている。

<了>

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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