バルサのサッカーが示す能動的な人生哲学=小澤一郎のバルセロナ密着記

小澤一郎

新たな常識や概念を世界に提示する戦いに挑んでいる

メッシ(左)の個人技で盛り上がるのもいいが、今のバルサにはチームとしてそれ以上のすごみ、魅力がある 【写真は共同】

 つかみどころのなさという点で言えば、アドリアーノ(2ゴール)、セイドゥ・ケイタ、マクスウェルと4ゴールがすべて守備的な選手たちによるものであることも説明の材料として使える。今のバルサには「攻撃」と「守備」が切り離されておらず、常に表裏一体のものとして存在している。だからこそ、ポジションにおいても「守備的」、「攻撃的」という冠はつかない。そういう概念すらないので、キックオフ時に右サイドバックのポジションにいた選手が2ゴールを決めても選手たちにとっては何ら不思議なことではない。

「常識を疑え」という反骨精神でも、既成概念に縛られることでもなく、自らの常識と相手へのリスペクトを持って戦い、結果を残し、その常識を世界基準にしてしまうところがペップチームのつかみどころのなさ、すごみの正体であり、世界中に共鳴するファンを持つ理由だろう。サッカーというスポーツを通してペップチームやバルセロナというクラブはフロンティア精神を持って新たな常識や概念を世界に提示するための戦いを日々挑んでおり、その生き様にほれるからこそクレ(バルサファンの愛称)たちはタイトルの数だけでは測れない満足感を今のバルサから得ている。

 今回、バルサに密着しながら個よりもチームとしての良さやすごさを伝えようとしている姿勢の裏には、わたし自身のそうした解釈、思いがあることも影響している。メッシの個人技やオーバーヘッドを見て「すごい、すごい」と盛り上がるのもいいが、今のバルサにはチームとしてそれ以上のすごみ、魅力がある。スタジアムから感じることのできるチームとしての機能美、サッカーを通して能動的かつ前向きに戦っていく人生哲学を示しているのも社会全体で共有しておきたいエッセンスの1つ。もちろん、ピッチ上で表現されるサッカーのレベルは世界最高ではあるが、今のバルセロナ、ペップチームというのは、単にサッカー的側面から強い、弱い、戦術レベルの高さ、低さを語るだけで終わらすのはもったいないチームなのだ。

バルサのサッカーは「選手をうまくする」

「技術、戦術の話はよく分からない」というサッカーファンでも、今のバルサのサッカーをスタジアムで見て「つまらない」とコメントする人はいないはず。だからこそ、今回これだけバルサの来日に注目が集まっている現象を活用して、サッカーが社会から切り離されることの多い日本サッカー界として、社会にサッカーの魅力や深さを示していきたいと思う。つかみどころがなく、どの要素を切り取っても「すごい」となるため、伝え手、書き手にとってこのバルサという存在は手ごわく、大きなテーマではあるが、残り数日も可能な限りシンプルに彼らが実践するサッカーの背後にある哲学や人生観に迫れるようなチャレンジはしてみたい。

 デビュー当時とは見違えるようなうまさを持つプジョルやシャビ、この1年のマスチェラーノの成長を見ても、バルサのサッカーが「選手をうまくする」ものであることは間違いない。また、選手のみならず書き手やサポーター、興味を持ってかかわるすべての人間のサッカーレベルも上げてくれるのが今のペップチームではないか。日本で今のバルサを観るチャンスは決勝のサントス戦を残すのみとなったが、日本サッカーのレベルアップ、そして社会におけるサッカーやスポーツのプレゼンス(存在感)向上のためにも真摯(しんし)かつ謙虚な姿勢でバルセロナと向き合おうではないか。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント