練習からも見えるバルサの“世界基準”=小澤一郎のバルセロナ密着記

小澤一郎

13日の練習はすべて公開

練習はリラックスした状態で笑顔の絶えないロンド(鳥かご)からスタート 【小澤一郎】

「普通の社会人というのは閉ざされたホテルから出勤するものではないのだから、われわれも選手に普通の生活を送ってもらうようにする。わたしは選手のプライベートではなく、仕事によって選手を評価する。警察官ではないし、選手が(プライベートで)何をしているのか管理する気はない。そもそも夜10時には寝ているから。いい結果が出ている秘訣? センティード・コムン(常識)を持つことだよ」

 これは『FIFA.com』に掲載されているグアルディオラ監督のインタビューでの言葉である。昨日のリポートで説明した通り、ペップ流の調整術というのはプロサッカー界では異質だが、欧州社会では当たり前の考え方であり、ワーキングスタイル。ペップが表現した“センティード・コムン”とは“社会常識”と言い換えることができるだろう。

 聞くところによると、グアルディオラ監督は今大会、選手が家族と同じ部屋で過ごすことを認めているのだという。逆に言うなら、私生活面で自由を与えるかわりに、ピッチ上での異変やパフォーマンスには非常に厳しい目を光らせているということだ。事実、1日近いオフ明けの今日のトレーニングでのグアルディオラ監督は、フィジカルコーチらに練習の進行役を任せ、少し下がった位置からオフの過ごし方までを見透かすような目で1人ひとりの選手をチェックしていた。

 13日の練習はすべて報道陣、関係者に公開された。グアルディオラが監督に就任して以降、バルセロナでは年々練習公開の数が減り、今やカンテラ(下部組織)の練習も完全非公開で行われている。確かに日本で“練習取材”ができる珍しさはあったものの、練習メニュー自体に物珍しさはなかった。

 裏を返せば、今日の練習は「公開して問題ない」程度のものだったということだ。準決勝に向けた戦術的内容は皆無で、まだリカバリー的要素の強いセッションであったということ。ただし、それでも開始から徐々にボール、フィジカル、シンキングの3つのスピードが上がっていくのがよく分かる練習で、コンディション調整の意味合いが強い練習であっても、バルセロナは自らリズムを上げていくことのできるチームであることが見て取れた。

 練習は、リラックスした状態で笑顔の絶えないロンド(鳥かご)からスタートした。和気あいあいとした雰囲気の中、シュート練習においてはフィジカルコーチが「スピードアップ」を要求したタイミングで雰囲気自体がピリッと締まり、それ以降はミニゲーム終了まで笑い声は皆無。プジョルやマスチェラーノの「ダレ、ダレ!(行け、行け)」という激しい声が響き渡る時間が続いた。前日はピッチ外のテーマについて話したが、この日はピッチ上でのオンとオフのスイッチの切り替え、その激変ぶりにおける“世界基準”を見せつけられた。

 さて、練習前にはすでにさまざまなメディアで報じられているように、バルセロナがイニシアチブを取って被災地福島県の子どもたち11名を招いた交流会が催された。大掛かりなイベントではなかったが、強行日程の中でもバルセロナがクラブとして東日本大震災の被災者に対して「何かしたい」とアクションを起こしたことについて、日本人として心から感謝の意を表したい。

 小さなことかもしれないが、ピッチ外でもこうしたディテールを突き詰め、行動に移すからこそ、バルセロナは世界中で多くのファンを抱えるビッグクラブなのだ。サッカー界のみならず、社会に大きな影響を与える。まだまだ社会におけるスポーツの価値、サッカーのプレゼンスが低い日本だからこそ、クラブ規模や歴史が違うと“別物”扱いすることなく、“何を学べるか”という視点で来日中のバルセロナの一挙手一投足を見ていきたい。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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