J王者の誇りを持ってクラブW杯の大舞台へ=北嶋秀朗と柏レイソルが歩んできた道

元川悦子

古巣・柏への復帰とかつてない苦しみ

北嶋(右)にとってクラブW杯は久しぶりの国際舞台。J王者の誇りを胸に、「魂を込めて戦う」と強い意気込みを見せる 【Getty Images】

 そんなころ、古巣は大変な混乱期を迎えていた。05年のJ2降格決定により、クラブの看板だった明神を筆頭に、玉田、矢野貴章、永田充らが次々と柏を出て行ったのだ。J1復帰のかかる06年は、石崎信弘監督が「再建請負人」に指名されたものの、戦力的な不安もあった。そこで指揮官は、清水で共に戦い信頼関係を構築した北嶋に、柏への復帰を要請。本人も「自分の力が役に立つなら」と快諾し、北嶋は4年ぶりに日立台のピッチに立つことになった。

 石崎体制以降、キャプテンを務める大谷秀和は、この時のクラブの大きな変化について、このように証言する。
「05年は力のある選手がそろっていたけど、サポーターを含めてひとつになっていなかった。だけど石崎さんは、チームとして戦うことの大切さを教えてくれた。キタジさん、南(雄太)さんたちが助けてくれて、本当にいいチームになったと思う」
 とりわけ、北嶋の貢献度はやはり大だった。再び柏のシンボルと位置づけられたことで、本人の意欲も一気に高まった。

 けれども、思うように結果が出ない。ゴール数は06年の7得点が最高で、07と08年は1得点、09年も4得点と伸び悩んだ。柏が09年に2度目の降格を強いられた時などは「自分に何ができるのかを考えたい。レイソルを守りたい」と一身に責任を背負ったものの、10年は一段と苦境に追い込まれる。開幕から試合に出たり出なかったり。5月から8月にかけては、ベンチにさえ入れないことが増え、竹本GMらは「このシーズン限りの契約打ち切り」を決断しようとしていた。

「今まで見たことのない、ホントのホントのどん底だった。自分がここで負けるのか、自分自身に勝てるのか、この状況を何とかできるのかと問いかけた時期でもありました。自問自答を繰り返す中で『おれは今までやってきたサッカー人生のためにも、絶対負けたくないんだ』という怒りのようなものが沸いてきたんです。その怒りのエネルギーをサッカーにフルにぶつけたことで、自分のスイッチが入ったのかな……。あの苦しみが、僕を復活させてくれたんだと思いますね」

ネルシーニョ監督も絶賛「彼は努力することを忘れない人間」

 新人のころから「柏のスター」として愛され、居心地よく過ごしてきた北嶋。そんな彼に、心のどこかに「余裕」や「甘え」があったのかもしれない。だが、選手生命の危機に直面したことで、そんな楽観的感情はすべて吹っ飛んだ。ギリギリの土壇場に追い込まれ、自分自身と真摯(しんし)に向き合う機会を得たことが、ガムシャラさを取り戻す転機になったのである。北嶋は、練習のランニングやボール回し、3対3や5対5のような軽いメーンのゲームでも「全部勝つ」と心を入れ替えたという。

 それが、昨年9月19日のジェフ千葉戦からのゴールラッシュにつながる。終盤戦の4得点でJ1昇格争いに大きな勢いを与えた北嶋を、ネルシーニョ監督も高く評価。今季は序盤戦から戦力に加えた。4月から5月にかけて、3試合4得点をたたき出した時期には「彼は自分のため、チームのために努力することを忘れない人間だ。リーダーシップや人間性もチームにいい影響を与えている」と絶賛。当の北嶋も、指揮官の後押しに深い感謝の言葉を語っている。

「ネルシーニョ監督には『勝つことで威厳が上がるし、勝つことでオーラが出るし、勝つことでリスペクトされる。だから勝たなきゃいけないんだ』と強く言われました。僕で言えば、ゴールを取ることが勝利に直結する。それを学ばせてもらったのは大きい」

 布監督とともに、市立船橋の指導にあたっていた石渡靖之前監督は「北嶋は高校生のころから人一倍、努力できるやつだった。そのメンタリティーが、ベテランになってからの飛躍につながったんじゃないかな」とコメントしている。確かに、フィジカル的に衰える30代半ばになっても成長を続けるためには、強じんな精神力が不可欠だ。同期の大野が引退し、高校時代からのライバルで友人の中村俊輔が徐々にパフォーマンスを落とす中、さらに輝きを増す北嶋は単なるアイドルではなかった。それを今季の彼は、あらためて実証したのではないだろうか。

クラブW杯は北嶋のキャリアの集大成となるか?

 明日8日から開幕する、FIFAクラブワールドカップ(W杯)。柏は「ホスト国チャンピオン」として、この大会に参戦する。北嶋自身にとって、本格的な国際大会出場は00年のアジアカップ以来といっていい。しかも11年前は、ウズベキスタン、カタールといったアジア勢と戦うのみだったが、今回は各大陸チャンピオンが相手。オセアニア王者のオークランド・シティ(ニュージーランド)に勝利すれば、北中米カリブ海王者のモンテレイ(メキシコ)、さらには南米王者のサントス(ブラジル)との挑戦権を得る。自分自身が15年間、Jリーグで積み上げてきたものをぶつける最高のチャンスになる。

「Jリーグの代表として戦う大会なので、しっかり魂を込めて戦いますし、結果を求めて優勝をしっかり求めてやっていきたい」
 そう、強い意気込みを見せる北嶋。3日の浦和戦に出場していないだけに、田中や工藤よりコンディションがいいのは大きなアドバンテージだ。フェアな視点に立ち、調子の良い者から起用するネルシーニョ監督が、33歳のベテランFWに出場機会を与える可能性は大いにありそうだ。

 20代のころに果たせなかった、国際舞台での活躍を北嶋は虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。そのためにも絶対にゴールがほしいところ。ベテランならではの「味」と「深み」を、北嶋にはしっかりと示してもらいたい。

<了>

(協力:FIFAクラブワールドカップ事務局)

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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