羽生結弦、手に入れたシニアの戦い方=0.03点差を決めた冷静な戦略

野口美恵

中国杯で欲を出し、0.22点差で逃した表彰台

ロシア杯・フリーの演技では冷静な判断を見せ、自ら勝利をつかみ取った 【森美和】

「シニアでの戦い方」は次の段階を迎えた。

 今シーズンの中国杯。ショート2位で迎えたフリーの冒頭で、見事な4回転トーループを成功。しかし後半、トリプルアクセルでややスピードのない着氷から、無理やり3回転トーループを連続して跳び、転倒してしまったのだ。
「欲を出し過ぎました。精神的に落ち着いていなかったですね。勝ちたいからもっと点を取らなきゃって、焦っていました」と羽生。
 3位と0.22点差の僅差で表彰台を逃した。

 すかさず待っていたのは、阿部コーチからのアドバイスと次の戦略だ。
「欲を出し過ぎない! 連続ジャンプを2回転にして転倒しなければもっと点が出た。がむしゃらに跳ぶことが正解ではないのよ。4分半の間、その瞬間ごとに最良のものを判断していくことがシニアでは必要。つい欲を出してしまう、その弱い自分と戦いなさい」
 その言葉は羽生の胸に刺さった。負けん気の強さは、自身では長所だと思っていた。しかし冷静さを失わせて、足を引っぱる事もあると気づいたのだ。

「自分に集中、欲も出さない」

 そして迎えた今回のロシア杯。羽生は落ち着いていた。
「去年のロシア杯のように周りに気を取られず、完全に自分に集中していました。そして今年の中国杯みたいに欲が出たり焦っていなくて、冷静でした」
 1位のジェレミー・アボットと0.76点差で迎えたフリー。阿部コーチは「冷静に!」と最後の言葉をかけた。

 冒頭の4回転トーループで転倒。しかし諦めずに、続くトリプルアクセルを決めた。そして後半の3つのジャンプが羽生の新境地だった。
 予定では『トリプルアクセル+3回転トーループ+2回転トーループ』『3回転ルッツ+2回転トーループ』『3回転ループ』の3種類だった。
 中国杯では、このトリプルアクセルをギリギリで降りたあと、無理に3回転を連続して跳び転倒している。
 まずトリプルアクセルをクリーンに降りると「ここは3回転を連続でできる」と判断し、『トリプルアクセル+3回転トーループ』を成功。3つ目の2回転トーループは「3つ目は危険」と感じ、無理せずに止めた。
 続いて『3回転ルッツ』。降りた瞬間に「ちょっと感触が悪いから連続は止めよう」と感じ、あたかも単発ジャンプの予定だったような顔でチェック(ジャンプを止めるポーズ)を決める。
 そして最後の3回転ループに、「ここで確実に点を稼ごう」と2回転トーループの連続ジャンプを付けた。3連続にする手もあったが、無理はせず、『3回転ループ+2回転トーループ』に抑えた。

0.03差、薄氷勝利をつかんだ冷静な判断

 結果を見れば、転倒した4回転以外は、すべてのジャンプが加点。羽生の心の中ではさまざまな作戦と葛藤があったが、「すべてクリーンに成功した」とみなされたのだ。結果は0.03点差での優勝だった。

 2回転トーループは「1.3点」、1回転トーループは「0.4点」。どの連続ジャンプが不足しても、また無理して出来栄え(GOE)で「マイナス1〜3」がついても、なしえない優勝だった。冷静な判断で「質の高いジャンプ」をそろえたことが勝因だった。

「ルッツから無理に連続ジャンプを跳んだり、ループの後に欲を出して3連続にしていたら、ミスが出た可能性があった。中国杯の反省を見事にクリアして、瞬時に冷静な判断をしていた」と阿部コーチ。
 羽生も「後半までずっと冷静に、集中が続いていた。跳びたいという自分の欲に勝ちました」と、シニアの戦い方に手ごたえを感じた様子だ。

 表彰式でもらった初めてのGP金メダル。表彰式が終わると、すぐに阿部コーチのもとに駆け寄り、金メダルをその首にかけた。
「いつもメダルを取ったら、最初に奈々美先生にかけるんです。僕のルーティンみたいなもの。自分ひとりで勝ってるわけじゃないっていうのを忘れないために」

 集中力、冷静さという大きな武器を手に入れた羽生。「グランプリファイナルと全日本選手権でも、また課題が見つかるはず。それをクリアしてもっと強くなりたい」
 GP優勝を喜ぶどころか、頭の中にあるのは次の試合で何を吸収するか。そのどん欲さこそが、これからシニアを闘っていく彼の最大の武器になるだろう。

<了>

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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