アルゼンチンを黙らせたメッシ

すべてを懸けて戦わなければならなくなったコロンビア戦

アルゼンチンの人々は、問題はメッシ(右)ではなく、プレースタイルにあると気づき始めたようだ 【写真:AP/アフロ】

 バランキージャで行われたコロンビアとのワールドカップ(W杯)・ブラジル大会南米予選で、アルゼンチンは0−1とリードを許した状態でハーフタイムを迎えた。この時点でアレハンドロ・サベーラ代表監督が今後もベンチに座り続ける可能性は限りなくゼロに近かったのだが、最終的に彼はグラスを高く掲げて乾杯を交わしながら、2011年の終わりを告げる鐘の音を聞くことができることになった。

 史上初めてホームで勝ち点を与えた4カ月前のコパ・アメリカ(南米選手権)に続き、再びボリビアとホームで1−1と引き分ける失態を演じたことで、サベーラとアルゼンチンは15日のコロンビア戦ですべてを懸けて戦わなければならなくなった。

 非常に蒸し暑い地域であるバランキージャをホームとするコロンビアは非常に手ごわいチームと言われてきたが、近年はフランシスコ・マツラナが率いた90年代の輝きなど見る影もない低迷の時期が続いていた。コパ・アメリカ終了までは当時マツラナの第二監督だったエルナン・“ボリージョ”が代表監督を務めていたのだが、彼は国内を揺るがせた個人的なスキャンダルにより辞任。今は当時の代表でボランチとしてプレーしていたリオネル・アルバレスが後を継いでいる。

 アルゼンチン戦のコロンビアは各ラインの核となる3選手、最終ラインのルイス・アルマンド・ペレア、中盤のフレディ・グアリン、前線のラダメル・ファルカオを欠いていた。にもかかわらず、サベーラは引き分け狙いの守備的な4−3−2−1の布陣を採用。決して攻撃には参加しない4バックの前に3人の守備的MF、ハビエル・マスチェラーノ(最近バルセロナでは、ほとんどこのポジションでプレーしなくなっている)、パブロ・ギニャス(インテルナシオナル)、ロドリゴ・ブラーニャ(エストゥディアンテス)を並べた。攻撃のすべてを委ねられたリオネル・メッシの横には、好不調の波が激しく無気力なプレーが目に付くホセ・ソサ(メタリスト)しかおらず、前線にはゴンサロ・イグアインが孤立した状態で立っているだけだった。

連係プレーが可能になったメッシが破った均衡

 サベーラが目指す“理解不能な”ゲームプランは思い通りに進んでいた。ボールは常にアルゼンチンが支配するも、蒸し暑い気候の中では相手ゴールに攻め込むことはほとんどなく、メッシは周囲にパスの受け手がいない状況にいら立ちを募らせる。つまりはボリビア戦と同じ、眠気を誘うような展開である。

 だが前半の終了間際、アルゼンチンの守備陣はやってはならない行為から得点を許してしてしまう。ペナルティーエリア手前からジェームズ・ロドリゲスが放った直接フリーキックに対してマスチェラーノが反射的に足を出すと、ボールは彼の足に当たってコースを変え、ロメロが守るゴールネットに吸い込まれた。

 ほどなくロッカールームに戻ったサベーラには、考え得るあらゆる困難がそろった状況が待っていた。酷暑の中、当初描いていたゲームプランを全く別のものに切り替え、0−1のスコアをひっくり返さなければならない。しかも重傷を負ったニコラス・ブルディッソに代わってレアンドロ・デサバトを投入しており、残る交代枠は2つしかない。そして多くの選手は意気消沈していた。

 後半開始と同時に、サベーラはセルヒオ・アグエロの投入を決断する。いまだにいくつかのメディアやファンの一部がかたくなに認めるのを拒んでいるバルセロナの天才が現れたのはそこからだった。

 わずかでもチームメートとの連係プレーが可能になった途端、すぐにメッシはスコアの均衡を破ってしまう。暑さも湿度も、ライバルのファンで埋め尽くされたスタンドの雰囲気も関係ない。すぐにあらゆるプレーがメッシの支配下に置かれるようになると、ホームチームがリードを守ることは不可能となった。

 自らこぼれ球を押し込み同点ゴールを決めたメッシは、続いてドリブルで持ち上がりDFの注意を引きつけた上でパスを通し、アグエロの逆転ゴールにも絡んだ。ゲーム終盤には信じられないラッシュから3点目を決めかけるシーンもあった。

アルゼンチンの人々がようやく気づいたこと

 メッシにとっての追い風は、何より周囲との連係プレーによる崩しを可能にさせる攻撃的な選手を増やしたことだった。彼はもっとたくさんのアタッカーに囲まれ、より攻撃的なシステムでプレーすることを必要としているのだ。

 並行して、すでにユーロ(欧州選手権)2012の本大会出場を決めている前回王者スペインは、ウェンブリーで行われたイングランドとの親善試合(11日)でほぼゲームを完全に支配しながら0−1で敗れた。続くコスタリカ戦(15日)では2点をリードされた後、ゲーム終盤の追い上げにより辛うじて2−2の引き分けに持ち込んでいる。

 スペインの“ティキタカ”(パスサッカー)には、バルセロナではメッシに任せているフィニッシュにおけるアクセントが欠けていた。対照的に、アルゼンチンには“ラ・ロハ”(スペイン代表の愛称)でプレーするバルセロナの選手たちによるメッシへのサポートが欠けていた。バルセロナの選手たちはスペイン代表にメッシがいないことを嘆き、メッシは彼らがアルゼンチン代表にいないことを嘆いていた。

 バルセロナはサッカーのすべてを1つのチームに凝縮することに成功した唯一の存在だ。アルゼンチン代表もスペイン代表も、そんなサッカーを具現化することはできていない。アルゼンチンの人々は、問題がメッシにあるのではなく、プレースタイルにあるのだと今になってようやく気づき始めたところだ。

 サベーラは2012年に過去と同じミスを犯さないよう、このことを肝に銘じておくべきだろう。

<了>

(翻訳:工藤拓)
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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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