小塚崇彦「観客とつながり、音楽と一体となる。新たな一歩」=スケートアメリカ

野口美恵

「滑りこなそう」と意識が先行したSP。その後ショートダンスを観戦して気が付いた事があったという 【写真は共同】

「初めてジャッジや客席の人と目が合ったんです。僕の意識が(氷上から)フェンスを越えることができた」
 演技直後、ちょっと興奮気味に、小塚崇彦(トヨタ自動車)はその喜びを口にした。リンクの壁で隔てられてきた小塚と観客がつながり、一体となった演技。それは長年、求めても得られなかったものだった。

 グランプリ(GP)シリーズ第1戦となるスケートアメリカ(日本時間10月22日〜24日、カリフォルニア州オンタリオ)。2011年世界選手権銀メダリストとして初戦に挑んだ小塚は、ショートプログラム(SP)では4回転トゥループで転倒し2位、フリースケーティング(FS)では4回転トゥループと3回転ルッツで転倒し2位、総合3位となった。ジャンプや順位は実力を出せたものではない。しかし、新たな演技への転機となる試合だった。

技術から音楽表現へ、新たな課題「好きな曲で音楽を聞いて滑りたい」

 もともとフットワークに高い評価を得ながらも、表現力が課題と言われてきた。佐藤信夫コーチも「スケートの技術は身に付いているし、それを教えてきた。でも技術をどう見せるか。技術と見せ方が一体となって、初めて高い評価をされる。それが彼の課題」と語る。小塚自身も「演技をする恥ずかしさは昔に比べたら無くなったけれど、表情や雰囲気をつくるというのはまだ難しい」と試行錯誤を繰り返してきた。
 そして今季。表現力の領域にもう一歩踏み出そうと、SP、FSの両プログラムで新たな試みをした。

 SPは初めて、キム・ヨナの振付けで知られるデビッド・ウィルソンに依頼した。ウィルソンは、昔はシャイだったキム・ヨナを、多彩な表情で強いアピールをするスケーターへと成長させた振付師。小塚にとって新しい表現の引き出しを手に入れるチャンスと考えた。曲はジャズの『インナー・アージ』。日本ではなじみが薄いが、スタンダードナンバーの1つだ。渋いメロディーに乗せて、小塚から大人びたクールさを引き出そうという選曲。上体を上下左右に大きく使い、複雑な体重移動を詰め込んだプログラムで、踊りきれば、最上に玄人好みなスケートに仕上がる。
 ウィルソンは、「10年近く温めていた曲。曲のクールさに合う足さばきを持っている選手にやっと出会えた」という自信作だ。

 FSは、自ら選曲した『ファンタジー・フォー・ナウシカ』。「壮大なテーマでメロディーがなめらかに流れていく曲。スケートの流れに合うと直感しました。自分が好きな曲で、音を感じて滑りたい」と小塚は語る。
 楽譜を見ながら、自分で編曲もした。本格的に楽器を演奏したことのない小塚にとって、それは驚きだった。「メロディーは聞き取れている以上に複雑な旋律から仕上がっている。始めの小節は4つくらいの音符かと思ったら、もっとたくさんの音符が細かく連なっていたんです」
 音の細部まで知ることは、体の動きと音楽がより複雑に絡み合うためのきっかけになる。そのスタートラインに立つことができた。

気持ちよく心をこめて滑るスケート 今、ジャンプより大切なこと

 そして迎えたスケートアメリカ。SPのジャズで「滑りこなそう、音楽と合わせよう」と意識が先行した。複雑で難しいステップをこなした事で、ステップはレベル3に「プラス1〜3」と高い評価。「音楽を聞いて表現することはできました」。そう語りながらも、しかし何か納得いかない表情だった。
 その夜、ショートダンスの試合を観戦。気持ち良さそうになめらかに滑る選手たちを見て、ハッとした。
「自分は滑ろうとして、押していた。本当は、蹴らないで進む自然な流れこそが良いスケートなのに……。頭からそのことが抜けていた。もっと自然に、音楽を感じるままに滑ってみよう」

 翌朝のFS公式練習。進もうとして前傾になっていた体重を、しっかりと足の上に乗せると、伸びのあるスケートの感覚が体の中に戻ってきた。「幼いころから練習してきたこと。自信を持っていい部分だった」

 そしてリンクサイドに現れた振付師のマリーナ・ズエワが追い打ちをかけた。
「今はジャンプをまとめる時期じゃないでしょ。自分が好きな曲で、スケートが好き、日本が好きという思いをこめて滑りたかったんじゃないの? 今はそれが課題でしょ」。佐藤コーチも一緒になって、ジャンプよりも表現を優先させることに同意した。
 実際のところ、小塚のようにジャンプ自体は完成している選手の場合、曲の中でジャンプを成功させるには、メロディーと自分の呼吸やスピードがマッチする部分を探してジャンプを詰める作業をすればいい。それは時間をかければできると分かっているルーティンワークのようなもの。今季、新たに手に入れるべきは音楽表現なのだ。
 「音楽を聞いて気持ち良く滑ればいいんだ」。シンプルな考えで頭がすっきりした。

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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