太田を追う選手は? 五輪へ向け代表争いも激化=フェンシング全日本選手権

田中夕子

挑戦者として名乗りを挙げた藤野大樹

フェンシングの全日本選手権男子フルーレで初優勝を飾った藤野大樹 【写真:戸村功臣/アフロスポーツ】

 エースを欠いた大会を制したのは、今秋イタリアで開催される世界選手権(10月9日開幕)の出場権を逃した伏兵だった。

 9月11日に開催されたフェンシング全日本選手権男子フルーレで初優勝を飾った藤野大樹(NEXUS)は、勝利の喜びに目を輝かせた。
「この優勝でナショナルチームのコーチにも、自分をアピールすることができました」
 昨年まではレストランのアルバイトで遠征費用を捻出してきた24歳が、夢の舞台への挑戦者として名乗りを挙げた。

 翌年の国体会場で「プレ国体」を兼ねて全国各地で開かれていた全日本選手権が、今年度からは世界選手権の前に開催されることになり、会場も東京・代々木第一競技場と国際大会同様の舞台が用意された。フェンシング普及のためには絶好の機会となるべき大会ではあったのだが、大会3日前の9月5日に、太田雄貴(森永製菓)が左第4肋骨(ろっこつ)骨折のため大会欠場を発表。さらに北京五輪に出場し、今夏のアジア選手権でも2位になった千田健太(NEXUS)も足首の負傷で出場を直前に回避した。

 五輪前年の日本選手権としてはいささか寂しさを感じなくはないが、日本の絶対エースである「太田不在」は、マイナスだけでなくプラスの要素もあった。

 太田、千田らとともにワールドカップを転戦する三宅諒(慶応大学)はこう言う。
「いつも以上に、誰が勝ってもおかしくない。ここで一番になることが自信につながると思っていたし、絶対に勝ちたいと思って臨みました」

若手ホープの三宅と淡路は決勝に進めず

 期待は若手のホープである三宅と、淡路卓(日大)の2選手。ともに現役大学生ではあるが、国立スポーツ科学センターを練習拠点とし、日常から栄養士やトレーナー、映像分析のプロによる支援を受けることに加え、1月からのグランプリ大会、ワールドカップなど4カ月に渡り国際大会を転戦。経験を積ませることが目的でもあるが、これらの大会では五輪出場につながるポイント獲得にも直結している。男子フルーレのオレグ・マチェイチュク・コーチから高い期待を寄せられている現れでもあった。

 しかし今大会ではベスト8で両者が直接対決し、まず三宅が脱落。勝利した淡路も準決勝で昨年の大会の覇者、福田佑輔(警視庁)の試合巧者ぶりに為すすべなく敗れ3位に終わった。
 
 迎えた決勝戦。今夏のユニバーシアードでも5位に入るなど、好調を保つ藤野は経験で勝る福田に対しても積極的に攻めた。
 15点先取の競技で、11−2と大量リード。これまではフィジカル能力の高さだけを前面に打ち出したスタイルで戦い、堅守を誇る福田に跳ね返されてきたが、相手が攻めてきた剣をたたいてからのスキを突く間合いを生かした攻撃など、戦い方に変化が加わった。
「ここが踏ん張りどころだと。世界選手権を逃した悔しさも、ぶつけることができました」

 最後の1点は自ら攻め込み、15点目をもぎ取った。勝利の後、観戦に来ていた太田からも祝福の言葉を送られた。
「『優勝おめでとう』とは言ってもらいましたが、直接勝ったわけではないので。まだまだですね。でも『お前が優勝するかもしれないと思ってた』と言ってもらえたのはうれしかったです」

国内での競争激化が競技レベルの向上へ

 来夏のロンドン五輪で男子フルーレは個人戦と団体戦が実施される。

 各チーム3名と補欠の1名を合わせた4名で戦う団体戦で、現在日本は世界ランク3位に位置づけ、表彰台はもちろん、金メダルも十分狙える位置にいる。

 個人ランク8位の太田を筆頭に、26位の千田、37位の淡路、40位の三宅と残るいすの座を巡る争いは熾烈(しれつ)を極める中、現在藤野は83位。世界選手権は獲得ポイントが2倍であるため、出場することのできない藤野にとって不利な状況ではあるが、「最後の枠に滑り込むために、今後出場するすべての大会で表彰台を狙う」と藤野自身も言うように、来年2月以降の戦いで好成績を残すことができれば、可能性は途絶えたわけではない。

 国内での争いが厳しくなればなるほど、競技レベルも向上する。加えて、藤野の勝利は世界選手権を戦う選手たちにとって刺激になったことは間違いない。

「日本のフェンシングは太田だけじゃない、と世界でも示したいです」
 もちろん、刺激だけに留まる気はサラサラない。

<了>
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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