香川真司、絶対的な存在感を示した日韓戦=“点を取れる新たな10番像”の確立を目指して

元川悦子

けがをしたことが逆にプラスに働いた

名実ともに絶対的エースの立場を確立させた香川(右)。韓国戦では本田(左)とのコンビネーションも光った 【Getty Images】

 香川がいると日本の得点力が一気に上がる。この試合を通じて誰もが再認識したはずだ。岡崎慎司も「真司がいると、遅く攻める時と速く攻める時の切り替えが全然違う。真司と圭佑とおれと3個スイッチが入るタイミングがあるっていうのはやっぱり違うし、真司の場合はより強力なスイッチだと思うんで、相手にすごい脅威を与える」と評したように、香川によって日本の攻めのバリエーションが広がる印象は確かに強い。
 特にゴール前の分厚さが出るのは一番大きなポイントだ。敵の位置を見ながら多彩な形でシュートを打てる香川がいることで、マークは確実に彼に引き寄せられる。それによって本田や李、岡崎、清武らがフリーになれる。日韓戦でもそんな場面が何度かあった。彼の存在は周りにも好影響を与えるのだ。

 懸念されていた7カ月間のブランクも全く問題なかった。「ヤット(遠藤)さんが前を見て当ててくれたり、圭佑君もキープ力があって収まるので、お互いのイメージが共有できた。サイドバックの上がるタイミング、1トップにボールが入った後のタイミングがすべて合っていた」と本人は話したが、アジアカップで修羅場をくぐって築かれた土台はやはり強固なのだ。ベストメンバーがそろった時の日本は破壊力が極めて高い。香川がコンスタントにやってくれれば、3次予選もそこまで苦しまなくて済みそうだ。

 そして、もう1つ特筆すべきなのが、香川自身のメンタル面の変化だ。
「今日の試合は自分のなかで精神的な余裕があった。今までになかった感覚で落ち着いてボールを蹴れました。そういう感覚は今までなかなかない。リーグが開幕していて自分の体の切れも良かったし、移動での疲れはあったけど、前半から案外、体が動いていた。準備をしっかりした結果だと思う。この半年間でいろいろ考えたし、クラブのキャンプで準備できたのも大きいですね」

 香川がこう話すように、アジアカップのころはそこまでの余裕は持てていなかった。10年近く10番を背負った中村からエースナンバーを引き継いだことで周囲の注目を浴び、「結果を出さなければ認められない」と肩に力が入りすぎていたのだ。1次リーグは格下であるはずのヨルダン、シリアに大苦戦を強いられ、自身も点が取れずにもがき苦しんだ。3戦目のサウジアラビア戦は岡崎、前田遼一らが大量点を挙げる一方で、香川は肝心な場面で足を滑らせたり、ボールを奪われたりしてどうも落ち着かない。この試合も無得点に終わり、明らかに焦りがにじみ出ていた。「10番を重たいとは思わないけど、こういう大会に出るのが初めてだから自覚を持ってやりたいという気持ちは強いんで」とメディアに対してはエースの重圧をやんわりと否定したものの、本音の部分ではかなりつらかったに違いない。

 その後、けがで離脱し、重い荷物を1回下ろせたことは、香川にとって逆にプラスに働いたのだろう。懸命にピッチ上を走り続けていたら、ザッケローニジャパンや自分自身の長所・短所を冷静に分析し、今後どうあるべきかのイメージを膨らませるゆとりは持てない。さらなる飛躍への準備を時間をかけてじっくりできたことが、日韓戦での大ブレイクにつながったのではないか。

香川のフィニッシュが日本の命運を左右する

 ザッケローニ監督に左サイドで起用されたことの戸惑いも完全に払拭(ふっしょく)したようだ。
「香川がドルトムントでトップ下を担い、良さを出し活躍しているのは分かっている。ただ、左の外からスタートした方がそれ以上の能力を発揮できると思う。イタリアにも香川によく似た特徴を持った選手がいる。それはデルピエロ(ユベントス)だ」と指揮官から直接諭され、真ん中へのこだわりを消そうと努力はしていたが、アジアカップの時は「外から中へ」という動き方を完全には実践していなかった。しかし、今回の日韓戦では、実際に何度もタッチライン際まで動き直し、スタートポジションをよりワイドにしてから、一気に中へ突っ込むプレーをごく普通にこなしていた。ザッケローニ監督から香川と同じことを言われた清武も「香川君のプレーはすごく参考になる」と語ったが、こうした変化も代表を客観視したプラス面かもしれない。

 37年ぶりに韓国から3点差をつけて白星をもぎとったことで、名実ともに「新エースナンバー10」の立場を確立させた香川。ここから先は「点を取れる独自の10番像」を突き詰めていくことになる。とはいえ、本当の勝負はこれから。彼自身も「今回の韓国はプレッシャーもなかったし、連動もなかった。本当に厳しい相手とやる時はどうなるか分からない」と慎重な姿勢を崩さない。シュート6本で2点しか取れなかった結果、運動量が落ちて途中交代を強いられたことにも不満を抱いている。
「僕は前回もW杯予選をちょっと経験してますけど、格下のように見られる相手も決して弱くない。来月の本番で今回のような結果が残せるかどうかですね」

 香川が絶対的エースとして初めて挑むアジア予選でチームをどうリードしていくのか。いかにブラジルへの道を切り開くのか。いずれにせよ、彼のフィニッシュが日本の命運を左右するのは間違いない。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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