松井大輔、ディジョン移籍の顛末=待ちに待ったリーグ1へ
指揮官の期待を背負って
松井は2シーズンぶりにリーグ1に復帰。開幕戦で途中出場したが、ディジョンは大敗を喫した 【写真は共同】
「松井はプレーの読みが非常にはやく、平均以上の技術力、パス能力を持っている。また技、動きの面で非常にエレガントな選手でもある。肉体的にもハードワークする能力を備えているが、同時に技術的に繊細で洗練されている」
これがカルトロン監督の松井評だ。指揮官はまた、サインに先立ち「先シーズン、スタッフがリーグ各試合で、対戦相手の分析ビデオを準備していたのだが、グルノーブルの分析をした時、グルノーブルのシーズン後半の復調の大部分が、松井のシベリアからの帰還に起因していることに気づいた」と明かしていた。
「チームが勝てず、それゆえ結果が出ていなくても、それが彼のプレーの質の高さに目を引かれる妨げにはならなかった。プレーの詳細を見た際に、彼個人のプレーは非常にいい、と思った。だからわたしは、自分のクラブで彼を再出発させるという考えを持つようになったのだ」と監督は言う。
「彼はサンテティエンヌではプレーチャンスを得られなかったが、わたしは彼がル・マンでどれだけいいプレーをしていたかをよく覚えているし、彼が優れた選手だと確信している。だから、ル・マンにやや似たディジョンのようなアットホームな環境は、彼がベストのサッカーを取り戻すのに最適なのではないかと思った。違った環境の中でなら、彼はわれわれに多くをもたらしてくれると、わたしは確信している」
松井獲得に乗り出すにあたり、カルトロン監督はル・マン時代の松井の指導者で、現リール監督のルディ・ガルシアにも意見を求めたという。松井から何を期待しているかと問われ、会見の場では「多くのアシスト」と簡略化して答えたカルトロン監督だが、彼の期待はより広い。そしてそのプランを聞けば、この新監督が選手に対する思いやりを持つ人物であることも感じられた。
「彼が、本来の力をフルに発揮することを期待している。わたしの目標は、彼に再び自信を与えることだ。というのも彼は今、少し自信を欠いているように思えるからね。また、うちのチームはすごく若いので、彼が経験、ビッグゲームへの取り組み方などをもたらしてくれることを期待している。彼は口で多くを語るタイプではないが、そのプレーによってリーダーシップを見せることのできる選手だ」
これ以上、何を言う必要があるだろうか。
新しい挑戦の始まり
松井のW杯での活躍が記憶に新しいファンたちは、なぜ新昇格の、リーグ1初体験のクラブに、と思うかもしれない。しかし、ディジョンという選択はある意味で理にかなったものでもあった。フランスの一般的サッカーファンの松井に対する印象は、ここ数年ル・マン時代の輝きを見せられていない、というものだった。松井はトム・トムスクに去ってフランスの人々の視界から消え、グルノーブルに戻った時、チームはすでに2部の最下位に落ち込んでいた。そして、松井の呼び込みやパスに仲間が反応しないなど、環境のせいもあったとはいえ、彼自身、アシスト、ゴールなどで目を引く数字は出していなかった。
言うまでもなく、リーグ1のスカウトは2部の選手にも目を光らせている。だが、最下位のチームの選手にまで細かい分析の目を向ける最たる者は対戦相手、つまり2部クラブだ。研究に余念のないディジョンがグルノーブルのプレーを拡大鏡の下に当てたからこそ、技術力、パス力など、数字には表れていない松井の能力が、彼らの目を引いたのである。
カルトロン監督によれば、過去数シーズン、常に50得点以上を挙げているディジョンのプレースタイルは「攻撃的志向を持ち、2人のサイドプレーヤーを使った4−4−2、あるいは4−3−3」。松井には、サイドの右か左を任せるつもりだと言う。
思うに松井は、経験を通し、クラブのネームバリューよりも、監督に望まれ、プレーし、自分を表現できることをより重要と見なすようになった。その上での唯一の譲れない条件は、1部リーグのクラブであることだった。ディジョンに行くことで、彼はフランスで一番レベルの高いリーグ1の舞台で、質の高い対戦相手を前に、再び真価を証明するためのチャンスを手に入れた。これらの前提がそろった今、監督の信頼と期待に応えられるかは、松井次第なのだ。
「このチームはチャレンジの精神で満ちている。そして僕も今、イチからのスタート、という気持ちでわくわくしている」と松井は言う。
余談だが、ディジョンには、現チェルシーのフローラン・マルーダの弟レズリー、育成部門にはディディエ・ドログバの弟フレディもいる。プレシーズンの準備試合で、ディジョンはポルトガルの名門ベンフィカや、今季ヨーロッパカップに臨むソショーなど、強豪相手に快勝した。そこに見える兆しはいいが、リーグ1での経験を欠くディジョンが、厳しい残留争いに挑まねばならないことはほぼ疑いない。しかし松井はそれを、新しい挑戦と受け止めている。ふたを開けてみないと何が起こるか分からないところが、また面白いではないか。
<了>