松本のレジェンドの幸福な現役引退=柿本倫明メモリアルゲームリポート

宇都宮徹壱

華試合で主役が爆発! 60分で4ゴール

後半、松本山雅選抜が反撃開始。ゴールを決めた小林のアンダーウエアには「柿さんLOVE」の文字 【宇都宮徹壱】

 前半、柿本氏は柿本ドリームスのFWとして出場。30分ハーフ2本、交代は出入り自由という、何とも緩めのレギュレーションながら、試合は序盤から華試合のお手本のような展開を見せる。秋田氏が懐の深いスライディングをかまし、平野氏と中西氏が両サイドを駆け上がり、そして名波氏が得意のセットプレーで魅せる。それぞれの役者が、それぞれの得意技を惜しみなく披露するたびにスタンドが沸いた。こうなると、そろそろ主役にも頑張ってほしいところである。

 と思っていたら、ドリブル突破を試みた柿本氏がペナルティーエリア内で倒されて、柿本ドリームスがPKを獲得する。キッカーはもちろん柿本氏。シュートの直前、松本山雅選抜のゴール裏から儀礼的なブーイングが起こったが、柿本氏はチップキックでGKのタイミングをうまく外し、17分に先制点を挙げる。とりあえず主役がゴールを決めて、メモリアルゲームとしての体裁は保たれた。しかしこの日の柿本氏は、決して1点で満足することはなかった。27分には、右サイドからの山下氏のクロスを滑り込みながら追加点を決め、前半は柿本ドリームスの2点リードで終了した。

 後半、柿本氏はグリーンのユニホームに着替えて、今度は松本山雅選抜の一員として登場。心強い味方を得た緑の軍団は、前半とは打って変わって攻勢に出る。そして後半7分、昨年まで松本でプレーしていた小林陽介(現横河武蔵野FC)が、GK都築氏のセービングをたくみにかわして、そのままきれいに流し込む。その後も松本山雅選抜の勢いは止まらない。後半19分、中盤でボールを受けた大西康平氏(昨シーズンで現役引退)がドリブルで持ち込み、相手GKの脇を抜くゴールを決めて、ついに同点に追いついた。

 その後は選手交代が頻繁になり、しかも松本山雅選抜は16番や25番が2人もいて、もう何が何だか分からなくなってしまう。そうこうするうちに後半20分、小林のクロスを受けた柿本氏が、胸トラップから逆転ゴールを決め、なおかつハットトリックを達成する。対する柿本ドリームスも2分後、安永氏のゴールで同点とするも、33分にまたも柿本氏が豪快なダイビングヘッドを決めて勝ち越しに成功。試合は4−3という派手なスコアで、松本山雅選抜が勝利した。それにしても、いくら華試合とはいえ、30分ハーフで4ゴールを挙げた柿本氏の得点能力は尋常ではない。サポーターの間から「現役復帰!」のコールが発せられるのも、当然のことと言えよう。

今回のメモリアルマッチが示したこと

試合後、柿本氏と小澤氏を送り出すセレモニーが行われる。功労者の引退に惜しみない拍手が送られた 【宇都宮徹壱】

 試合後、柿本氏と小澤氏に感謝の意を示すセレモニーが行われた。私が最も感心したのが、今回のイベントが「柿本倫明メモリアルゲーム」と銘打ちながら、小澤氏も気持ちよく送り出そうという意図が明確に感じられたことだ。たまたま同じタイミングであったとしても、クラブがこうした配慮をきちんとできることは非常に重要なことだと思う。

「2005年からの6年間、みんなの力で山雅を大きくしようと努力してきました。いろんな人の力があったからこそ、ここまで大きくなれたことを忘れないでほしいです。そしていつか、山雅がJ1の舞台で優勝カップを掲げるチームになることを期待しています」(小澤氏)
「こういう場を与えてくれて本当に感謝しています。今後は、サッカーの楽しさや素晴らしさを伝えるために活動していきますので、応援よろしくお願いします」(柿本氏)

 セレモニー終了後、柿本氏は感極まって涙することもなく、いつもの笑顔でスタンドのお客さんと気さくに会話していた。なかには、湘南やC大阪のレプリカを着たファンの姿も見える。この日のために、わざわざアルウィンまで駆け付けたのだろう。松本のレジェンドとして知られる柿本氏だが、実のところJクラブ時代にも本当に愛される存在だったようだ。スパイクを脱いでも、きっと立派なアンバサダーとして松本を盛り上げてくれることだろう。それにしても湿っぽさなどみじんも感じられない、本当に気持ちのよいメモリアルゲームであった。

 フットボーラーの現役引退の形はさまざまである。しかし、クラブ主催の立派な引退試合が開催される選手は、ごく一握り。ほとんどの選手は、ブログでひっそりと引退を発表してピッチから消えていく。柿本倫明というフットボーラーは、A代表としてのキャリアもなければ、全国的によく知られた選手でもなかった。それでも彼が、非常に恵まれた形でキャリアを終えた、数少ないフットボーラーの1人であったことは間違いないだろう。と同時に、JFLという上から3番目のカテゴリーにおいて、これほど豪華なメモリアルゲームが実現したことについて、今さらながらに日本サッカー界の充実ぶりを見る思いがする。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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