松本のレジェンドの幸福な現役引退=柿本倫明メモリアルゲームリポート

宇都宮徹壱

JFLとは思えぬ豪華メンバーがそろった華試合

松本の空にたなびく柿本倫明の応援旗。この日、松本のレジェンドは久々にアルウィンに戻ってきた 【宇都宮徹壱】

 柿本倫明という元フットボーラーをご存じだろうか。松本山雅FCのファンにとってはまさにレジェンドだが、一般的なサッカーファンには、果たしてどれくらいの知名度があるだろうか。

 ユニバーシアード日本代表(1999年)というキャリアはあるものの、それ以外の代表歴は一切なし。2000年に大阪体育大からアビスパ福岡に入団。以後、クレメンティー(シンガポール)、大分トリニータ、湘南ベルマーレ、セレッソ大阪(期限付き)と渡り歩き、08年に当時北信越リーグだった松本に加入。以来3シーズンプレーし、同クラブのJFL昇格に大きく貢献。昨年に32歳で現役を引退している。J1・J2クラブに在籍していたのは7シーズン。お世辞にも「全国区」とは言い難いキャリアであった。

 その柿本氏の引退試合が7月10日、数々の伝説を作ったアルウィン(長野県松本平広域公園総合球技場)で開催されることを知ったのは、その1週間前に長野で信州ダービーを取材していた時のことであった。イベントの正式名称は「NSQプレゼンツ震災復興支援 柿本倫明メモリアル試合」。震災復興支援とファン感謝イベントもセットになっているが、メーンはやはり松本山雅FC選抜と柿本ドリームスによるメモリアルマッチである。現在は松本のアンバサダーを務める柿本氏の雄姿が、再びアルウィンで見られるのだ。ファンにとっては、これ以上ないクラブからのプレゼントと言えよう。

 私がこの華試合の取材に赴いたのは、ひとつには柿本氏の最後の晴れ舞台を見たいという思いがあった(彼の引退発表はシーズン終了後のことである)。だが、もうひとつ気になったのが、柿本ドリームスに集うメンバーの豪華さである。都築龍太、柳本啓成、秋田豊、林健太郎、中西永輔、福永泰、名波浩、奥大介、安永聡太郎、平間智和、佐藤悠介、山下芳輝、宮原裕司、西澤明訓、平野孝の各氏(以上、背番号順)。現在、松本でプレーしている松田直樹を含めれば、元日本代表が11人、ワールドカップ経験者は6人もいる。これほどの豪華がメンバーをそろえたメモリアルゲームが、しかもJFLというカテゴリーで行われるという事実に、私の好奇心は大いにくすぐられた。そんなわけで、2週続けての信州参りと相成った次第である。

名波氏の呼び掛けで集結した柿本ドリームス

柿本氏(10)を囲む柿本ドリームスの面々。元日本代表が11人、W杯経験者は6人もいる 【宇都宮徹壱】

 松本駅前からシャトルバスに乗って、12時にアルウィンに到着。この日も空は底抜けに青く、日差しは強い。実は前日の9日にも、ここで松本のホームゲームがあり、佐川印刷SCに6−0と圧勝。松本は一躍3位に躍り出た。緊張の一戦から一夜明け、この日のアルウィン周辺はすっかり祝祭モードに溢れている。

 キックオフ40分前、アルウィンのピッチに出てみる。さすがにバックスタンドの客はまばらだが、メーンスタンドはほぼ満席。そして両ゴール裏は松本サポーターが、松本山雅選抜側と柿本ドリームス側に分かれて盛んにコールしている。このうち柿本ドリームス側からは、何とも懐かしく、そしていささかぎこちない「名波コール」や「秋田コール」が発せられていた。おそらく元所属チームに事前にリサーチしたのであろう。紙に書かれたメモをチラ見しながらコールしている姿に、何とも言えぬ初々しさが感じられる。コールされた選手は、ある者はニッコリと手を挙げ、ある者は恭しく一礼していた。

 それにしても、いくら柿本氏が松本のレジェンドとはいえ、なぜにこれほどの豪華メンバーがそろったのか。そのヒントは彼の履歴から見いだすことができる。06年、C大阪に期限付き移籍していた際、柿本氏は半年だけ名波氏と一緒にプレーしている。その名波氏が各方面に声を掛けて、これだけのビッグネームがアルウィンに馳せ参じることとなったそうだ。名波氏の影響力もさることながら、たった半年一緒にプレーしただけの元日本代表にそこまでさせてしまう、柿本氏の人徳にも今さらながらに感心させられる。

 やがて選手入場。今回はメモリアルマッチということで、名前をアナウンスされた選手が1人ずつピッチに入場する形で行われた。最初に紹介されたのは松本山雅選抜。その中でひときわ拍手が多かったのが、もう1人の主役、小澤修一氏である。05年に北信越2部だった松本に入団し、昨シーズンをもって現役引退。現在は松本のユースアカデミーコーチを務める。今回は柿本氏と一緒に、松本サポーターから「卒業」を祝ってもらうこととなった。一方、柿本ドリームスは、歴代日本代表が登場するたびに、スタンドから拍手と歓声。そして最後に柿本氏が登場すると、スタジアムの熱気は最高潮に達した。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント