錦織圭が手にした覚悟と自信=デビスカップ勝利と被災地訪問を通して

内田暁

さまざまな心情が入り交じった団体戦

デビスカップのウズベキスタン戦、日本の勝利を決めて声援に応える錦織 【写真は共同】

 男子テニス国別対抗戦、デビスカップのアジア・オセアニアゾーン1部2回戦、日本対ウズベキスタンにて、日本のエース・錦織圭(ソニー)はシングルス2試合、ダブルス1試合とフル出場。そのすべてに勝利し、日本の通算成績4−1の勝利に大きく貢献した。

 究極の個人競技とも言えるテニスにおいて、数少ない団体戦――国の威信をかけたデビスカップでの勝利は、錦織のテニス選手としての、そして人間的な成長も見ることができる、実に有意義な大会だった。

 錦織は本来、団体戦を得手とするタイプの選手ではないかもしれない。

 試合中、常に周囲に対し敏感にアンテナを張り巡らし、刻一刻と変化する状況を全身で感知しながらプレーを組み立てる……そのような彼にとり、通算成績でチームの勝敗が決する団体戦は、あまりに試合外の情報量が多すぎる。攻撃的なプレーと、自由な発想から生まれる創造力が身上の錦織の良さが、十分に発揮されにくい状況に陥りがちだ。

 大会3日目、日本が2−1とリードし迎えたデニス・イストミンとのエース決戦は、まさにそのような“情報過多”の極地だった。もし錦織がこの試合に勝てば、それは即日本の勝利を意味する。だが仮に負けたとしても、後に控えた添田豪(空旅ドットコム)が勝てばチームは勝てるし、両者のランキングからすれば、添田が勝つ可能性は高い。

 プロ選手一個人として見れば、今は8月の全米オープンに向け体調を整える時期であり、気温28度、湿度80パーセントという過酷な環境で無理するべきではないとの考え方もあるだろう。「自分の後に添田くんがいるという安心感はあったけれど、試合に入ると、自分で終わらせたいという気持ちが強くなった」と本人も言う通り、さまざまな心情が入り交じりながらの一戦だったはずだ。

精神面の成長が見えたプレー

 そのような状況がやはり重くのしかかったか、第1セットの錦織は、やや消極的だった。相手のサーブが良かったこともあり、リターンゲームで突破口を見いだすことができない。安定したサーブを軸に、要所で集中しポイントを取りにくるイストミンのテニスを御しきれず、第1セットはタイブレークの末に6−7で落とした。
 第2セットも、第1セットと同様の展開から、先に仕掛けたのはイストミンだった。5−5で迎えた錦織のサービスゲームで、それまでの緩い展開から一転し、攻撃的に攻め始めてくる。錦織は15−30とリードされ、さらに次のポイントでも、イストミンが前に出てポイントを取りにきた。

 試合後、錦織本人も「あれは大きかった」と振り返るショットが飛び出したのは、この直後だ。右腕を鋭く振り抜くと、ボールはリーチの長いイストミンの脇を抜けてコートに刺さる。このショットが、勝負をかけ突進してきた相手の鼻っ面をたたいたかのように、以降、イストミンのプレーから覇気が薄れていった。逆に、ここを勝負どころと悟った錦織は、次のリターンゲームで畳み掛けて第2セットを奪い返す。

 ターニングポイントを制し、以降の流れを掌握したこの時点で、試合の趨勢(すうせい)は決まったと言えるだろう。さまざまなプレッシャーや情報過多な状況をはねのけ、相手の心理を読み切り、試合の分岐点を勝利に向かい進んだこの一戦は、錦織の精神面の成長が強く感じられるものだった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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